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ACTion 82 『EXPRESS! 1』



『あるならそれ出して! 早く!』
 デミの声が飛ぶ。
 怒鳴りつけられてモディーは、霊柩船のコクピットへと駆け戻っていた。操縦席へ移動したデミと入れ替わりだ。いつもの助手席へおさまるや否や、伸ばした手で座面の裏側からモディー専用の端末を抜き出してみせた。
『今のままじゃ、無理に決まってるよ。だからIDコピーして作りなおす。手伝って!』
『ま、間に合うでやんすか?』
 などと問い返せば、無言でデミに睨みつけられていた。
『も、もちろん。モディーは間に合わせるで、やんす』
 言うしかない。
『これ、そっちにつないで!』
 聞き流したデミが早速、カードパソコン内に巻き上げられていたジャックを引っぱり伸ばし、モディーへ投げた。
『ど、どこにつなげるでやんすか、ね』
 デミの剣幕に、慣れているはずの電源を入れるだけでもおたおたしていたモディーの目が、端末をなめ回す。
『左!』
 放つデミの手は、先ほどからキーボードを弾き続けたまま、一度たりとも止まっていない。
『あ、あったでやんす』
 モディーがジャックを押し込んだ。
『メモリーの残りは?』
 デミがたたみかける。
『結構ある……』
『それじゃ、わかんないよ!』
 ヒステリックな声に打ちのめされて、モディーは両手を突き出していた。
『分かったでやんす。今すぐ、今すぐ調べるでやんすから!』
『それ、遅い!』
『待ってくださいよぉ』
『いい? IDのプログラム転送は十七セコンド後、開始予定ね。そのためにも八千TB以上、落とし込む先、今すぐ確保して! 完了したらすぐ、ぼくに知らせて!』
『十七って、ま、無理でやんすよぉ、デミさん』
 もうモディーは半泣きである。
『待てない! 時間がないの!』
 向けて放たれる金切り声に、融通はききそうになかった。隣でモディーの目が、脳内以上、互い違いと高速回転を始める。ゆえに言葉はこうも、もれていた。
『し、社長より、怖いでやんす……』


 ならこちらは、足を使う。
 サスとトラは立ち塞がるロッカーを、蹴り倒していた。室内に誰もいないことは、どうにか開けたドアの隙間から確認済みだ。少々派手な音が鳴り響いたところで、かまいはしない。
 とたん、開けた視界へ光は差した。
 トラがひと思いと、ロッカーの上へ駆け上がる。ドアを目指し駆け出しかけ、危うい足元で這い上がってくるサスへ手を差し出した。改め、ふたりしてロッカーから飛び降りる。
『アルトは矯正の準備がどうのとか言っておったが、どこへ行きおった?』
 見回しサスが鼻溜を振った。
『知らん。数え切れないほどのネオンがいる、とか言っておった場所か』
 返してトラも着込んでいた黒いツナギの前を、勢いよく開く。そこから溶けかかったクリームのようにシワはぶら下がり、袖から腕を抜いてトラはそれを腰へ巻きつけた。
『あやつは、強引過ぎて自分のことを分かっておらん。それを一人でどうにかしようと企んでおるのなら、それこそ無理というもんじゃ』
『そんな危うい奴に、ネオンを預けてはおれんわ』
 相槌をうって腰から警棒を引き抜く。感触を確かめ、トラは宙へ放り投げた。なら数回転したそれはパシリ、音を立てて再び手の中におさまる。
『ならば行くか?』
 呼びかけたなら、見上げたサスの目が光った。
 見下ろしトラはその目へ小さく、うなずき返す。
『わしはデミ坊の悲しむ顔も見たくない。サスはわしの後にまわれ。デミ坊、聞こえるか?』
 すぐにも剥き出しとなったシワの間から、通信機をまさぐりだした。
『おいちゃん! そっちは大丈夫なの? 軍に追われてるんじゃないの? おじいちゃんはどこ?!』
『ぐ、軍だと? こちらは白衣がウロついておるだけだぞ』
『デミ、わしはここにおるぞ』
 つま先立ったサスが声を割り込ませる。
『おじいちゃん! よかった。えっと、スラーおじさんが、詰め所へ軍が駆け込んできてるっていってたの!』
 聞かされ、トラとサスは顔を見合わせる。
『あの、バナールかの?』
 サスが鼻溜を振り、確かなことなどわかるはずもないなら、トラは通信機へ向きなおった。
『ともかく、今からネオンとジャンク屋を連れて戻る。いつでも船を出せるよう、管制の準備を頼んだぞ』
『やった。おねえちゃん、見つかったんだね!』
『そうだ、変らずエビの尻尾だった』
 意味が伝わったのかどうなのか、少なからず通信の向こう側で安堵するような間は生じる。
『じゃ、今、ぼくID……』
 が、言葉はそこでふい、と途切れた。
『違う! 先に変換してから、そっちのファイルへ! それじゃない! その後のヤツ!。……って、入艦記録の再チェックが始まっちゃってて今、ぼくIDつくり変えてる最中なの。何とか間に合わせて出航の準備するね!』
 そんなデミの向こうからは、そんなにどやさなくてもいいじゃないでやんすか! と、けんか腰のモディーの声も、かすかに漏れ聞こえている。どうやらデミたちはデミたちで、修羅場を迎えているようだ。任せてトラは通信のチャンネルをスラーたちへ切り替えた。
『おい、葬儀屋。聞こえるか?』


 というものの、傍らを駆け抜けて行った軍の目的は別のところにあったらしい。何も起きることはなく、めまぐるしく変化を続けていたライオンの義顔も、アルトのそれで止まったままとなる。
『な、何が起きてやがんだ』
 スラーに至っては、腰を抜かしたようにデスクへへばりつくあり様だった。
『てっきりバレたのかと……』
 呆然としてライオンも、こぼず。
『おい、中がヤバイんじゃねーのか?』
 そんな顔へとスラーの目玉は裏返った。
 そのとき、通信は飛び込んでくる。
『おい、葬儀屋! 聞こえるか?』
 トラの声だ。スラーは弾かれ耳の通信機を押さえこんだ。
『何してやがる、テラタン!』
『待たせた。先に霊柩船へも連絡を入れた。今からネオンとジャンク屋を回収してここを出る。そっちもそろそろ撤退の準備にかかれ』
 だが今しがた目にした光景が、スラーに了解、とは言わせない。
『軍が今、詰め所を抜けて奥へ駆けていっちまったぞ。そっちこそ大丈夫なのか?』
『わしらはまだバレておらん。ただ、わしらの侵入を手助けしてくれた内部の者がおるのだ。そいつが軍をひきつけ、外へと駆けて行った。そのせいかも知れん』
 落ち着いたトラの返事に、スラーは少なからず胸をなでおろした。
『なら、かまわねーが』
 こぼして心配げと、アルトの顔で見つめるライオンへ視線を投げる。仕草で双方が無事であることを知らせた。
『分かった。格納庫の手前まで来たら連絡をくれ。それまで俺はここで入艦記録の抹消に粘る』
『余計なことをして、逆にハッカー手配されるな』
『俺はそこまで馬鹿でも、デキルクチでもねー!』
 などと言い合ってのち通信を切るタイミングが合えば、もう互いはコンビだ。
『テラタンたちが二人を連れてコッチへ向かえば通信が入る、って寸法だ。俺はそれまでこの間の記録の抹消に没頭してー。悪いが、通信を頼むぜ』
 ライオンへ告げて、耳からはずした通信機をスラーは投げた。
『了解した』
 受け取ったそれがアルトの耳にかけられることはない。こめかみから奥へめり込み、ライオンの耳へと消えてゆく。


 階級章をかざせば鉄扉はスライドしていた。
 シャッフルはただ、潜り込んだ『デフ6』と『テラタン』が無事、アルトとセフポドを連れ出すことだけを考える。そのためにも自らが、分隊員たちを引きつけなければ、と奥歯を噛んだ。その果てにどう身を振るかなど、今のシャッフルには取るに足りない。
 目的は、この思いを通すことにある。
 引き換えに得るモノこそが、目的でもあった。
 得てもなお後悔することがあるとすれば、イルサリの称号を我が物にしたい、と一瞬でも過ったあの欲というやつだろう。あれさえ顔を出さなければ、まったく違う今があったはずだと思い返す。タイムスケジュール通り運んだ計画に、今頃、成果の一端を垣間見、誰に知られることなく巨大な力を手にしていたはずと振り返った。
 だがそれは、何か、どこかがしっくりこない。
 だからこそあの出世欲は、鬱積したその何かを足がかりに頭を持ち上げていた。
 シャッフルの背で追い立てる分隊員たちの足取りが、またけたたましさを増している。聞きながら、スライドしたドア際へ張り付くように身を寄せ、シャッフルは上がる息を肩で押さえつけた。足音との距離を測って視線を投げ、ひねった首でもう一方、ドアの向こうをのぞき見る。
 見えるものは何もない。
 ただ霊安所へ続く小綺麗な通路が一本、涼しげに伸びていた。
 その胡散臭さにシャッフルは確信する。ブランクコードで開いたこのドアは、追い詰めるならここだと言わんばかり仕掛けられた罠だと、見切った。でなければとうの昔にコードは差し止められているはずで、ウィルスカーテンは降ろされている。
 知って、飛び出すのか否か。
 リスクを負えるのは、それが自らの望んだ物事の一部であるからにほかならない。
 得るために、越えるボーダーの外にあるものは。
『意志……か』
 シャッフルは吐き出していた。
 そして乾いた唇の端を持ち上げる。その脳裏にカウンスラーで対峙したセフポドの瞳は蘇り、ついぞ口走っていた。
『使いこなすつもりがわたしは、どうやらそれに使われていたらしいな。いや、そもそも使いこなせる奴など、そうはいないのだろう。それすら持たぬ者であったからこそ、貴様はそこに固執した』
 背後の靴音はもうすぐそこに迫っている。シャッフルは物陰のない通路を再度、睨みつけた。大きく息を吸い込み、腹へと残る力を溜めこむ。
『貴様の守りたいものがなんだったのか、わたしにもようやく分かってきたような気がするよ。わたしもわたしで、あり続けよう』
 吐き出し、その身を通路へ躍らせた。


 不自然な穴が、広がる保冷ガスの海に点々と空いてゆく。
 一つ、二つ、いや、五つ、六つ。
 間違いなくそれはミラー効果を作動させた分隊員たちの、足だった。テンは円卓の足の隙間から目を凝らし、その動きを確かめ続ける。浅い息を繰り返すメジャーへ指を折った。
(しばらく、ここでガマンできるか?)
 メジャーは横たわったままで、うなずき返している。
(すぐ、戻る)
 振って、傍らに身を沈めているもう一体へと、振り返った。
(俺は右から行く)
(了解。ほな、左から)
 一体がきびすを返した。
 見送りテンも動き始める。思い出し、預かっていたスパークショットをメジャーの手に握らせた。
(ええか、使うまで、気ぃ、失うなよ)
 メジャーが小さく笑って返している。
 様変わりした部屋の様子に警戒する分隊員たちは、一塊のままだ。保冷ガスへ足穴を空けると、円卓沿いに奥へと静かに進んでゆく。


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