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ACTion 83 『EXPRESS! 2』



『中止です! アルトの解析を即刻、中止なさい!』
 連呼するクレッシェの足取りは襲い掛からんばかり、声に至っては怒号そのものとリンクルーム内に響いた。けんまくにおされた白衣たちは振り返ったきりとなり、硬直している。
 第三者を経由して始まったばかりのネオン脳内構造解析は、そんな白衣の前、端末中央に模擬脳ホログラムとして経過を浮き上がらせている。進む解析にあわせて絡むシナプスの三次元マップを、目にも止まらぬ速さと緻密さで構築していた。
『何をしているのです!』
 じれったいと、クレッシェの金切り声はまた上がり、伸ばす手でそんな白衣の肩を押しのける。モニター端末の前で仁王立ちとなると、模擬脳ホロの解析状況を睨みつけた。
 様子に我を取り戻したのは、クレッシェと肩を並べる格好で立っていた白衣だ。逃げ出すように、リンク中の白衣の元へ駆け出してゆく。見送るまでもなくクレッシェは、払いのけたもう一人の白衣へ、声を荒立てた。
『あなたもです! ぼやぼやせず、イルサリとセフポドの交わした約束の検索を行いなさい! あれはこの期に及んでまだ、このプロジェクトを潰す気でいる。それを取り除かぬ限り、矯正など危うくてできるものではない!』
 浴びせかけられて白衣が、事態の危機を感じてではなく、クレッシェそのものを恐れて空いているメガーソケットへ向かう。
『それから!』
 立て続けクレッシェは、トパルへと振り返った。
『隊をここへ! それは即刻、廃棄なさい! 到着までは、あなたが拘束を!』
 無論、『それ』とはアルトのことだ。
 やおらトパルとアルトの視線は宙で絡んだ。
 受けて立つ意があることを示し、アルトはわずか、半身を取る。
 先に駆け出した白衣がその傍らで、リンク中の白衣へ屈み込むと、クレッシェの指示を伝えていた。もう一人はメガーソケットへ潜り込み、すぐにもリンク体勢に入る。
 様子を横目でうかがったパルが、仮死ポッドの傍らに立つ白衣へ手を振り上げていた。見て取った白衣は準備しつつあった予備麻酔の輸液を、ポッドへ戻す。保安所へ連絡を入れるべくリンクルーム壁際の有線へ、身を切り返した。トパルもまたその後を追いかけたなら、防磁気扉前に立ち塞がりアルトと対峙する。
 などと荒事なら、どう考えてもジャンク屋として幾らもかいくぐってきたアルトの方が上手だった。だが奇しくもトパルの記憶は、共にここを脱出すべく奔走していたところで途切れている。頭では別人だと理解していても、再び脱出するため、その頬を殴り飛ばすことにに抵抗はあった。
 ネオンが横たわるメガーソケットに加え、稼動を始めたもう一機が、戸惑うアルトの背で重低音を響かせ始める。
 解析が止まる気配はまだない。
 アルトは両の拳を握りしめた。
『守備範囲外には手を出さないほうが、あんたのためだぜ。トパル』
 感触を確かめ、トパルへ忠告してやる。だがトパルはためらわない。
『だからこそ、この指示がわたしを与えられた役割から逸脱させる機会になるのだ、とすれば……』
 アルトはその言葉を、豆鉄砲でも食らったかのように聞く。
 前でトパルが、飛び出すタイミングをはかり、身を沈めてみせた。
『あなたにできて、わたしにできないことがそれだというのなら。中尉の行方を辿るため、試す価値こそある!』
 瞬間、アルトへ向かいトパルは床を蹴りつける。


 そうしてドア影より飛び出せば、風景は揺れ動く。
 シャッフルの目の前だ。
 そこかと硬直する体に、あれほど上がっていた息は止まっていた。
 避けてシャッフルは闇雲に身をよじる。
 だが、ぶち当たる何か。
 肩が弾かれ、バランスを失っていた。
 失ったまま、勢いにまかせて突破すべく力を込める。自然、態勢は前屈みとなり、その時、シャッフルの背に衝撃は走った。痛みよりも先に止まったのは時だ。受けた衝撃がヒザへ抜け、まるで他者のモノであるかのようにカクリ、折れる。
 声を出すヒマもない。
 床へと崩れ落ちていた。
 その視界の中で、揺らめいていた風景は像を結んでゆく。
 分隊員たちだ。
 四つん這いとなったそこから、シャッフルは見上げていた。睨みつけたならその眉間へ、ダイラタンシーショットガンの銃口はあてがわれる。またぐように移動していった一体が、やおら床についたばかりのシャッフルの腕を取った。捻り上げて拘束する。
 これまでとは思いたくない。これからだと思うからこそシャッフルは、抵抗して唸り声を上げた。狂ったようにその身を揺さぶり、振り払おうと試みる。ならその背へ、分隊員のヒザはあてがわれていた。体重を傾けシャッフルを、腹ばいにさせる。
 重みを跳ねのけることなど、できはしなかった。
 押し付けられた床で頬は潰れ、奮闘したせいで乱れる息のままシャッフルはしばし、唸る。
『確保』
 告げる分隊員の声を、頭上に聞いていた。間を置かずして背後から、新たな足音は近づいてくる。取り囲まれてシャッフルは、よくやった、とねぎらう分隊長の声を耳にしていた。
 なら屈みこんだらしい。それまで頭上にあった分隊長の声を、シャッフルは間近に聞く。
『中尉、質問に答えていただきたい』
 シャッフルは声のする方へ、動かぬ頭を強引にねじった。そこに見下ろしのぞきこむ分隊長の、他者のように冷え切った顔を見つける。
『分隊員から奪ったミラー効果一式はどこへやられた?』
『ミラー効果? 何のことだ』
 時間稼ぎが可能性の模索にもつながるなら、常套句は欠かせないだろう。
『それはない。はぎ取られた分隊員から状況は聞いている』
『知らんな』
 言えば背に乗る分隊員が跳ねて、シャッフルへさらなる圧をかけた。胸を潰されシャッフルはうめき、聞きながら体の向きを変えた分隊長が、さらに深くシャッフルの顔をのぞきこむ。
『わかっておられるだろうが、我々に制裁を下せるような権限はない。中尉殿を確保するまでが任務だ。だからと言って、たかをくくってもらっては困る。一体ラボ内へ誰を侵入させた?』
 物言いは丁寧だが、だからこそ抱える苛立ちは露ともなっていた。シャッフルは床に潰れたその顔を、さらにゆがめてそんな分隊長へ笑い返す。
『さあな。ただ通りですれ違っただけの相手に過ぎんのだよ。わたしもよくは知らん』
 屈めていた身を起こせば、放たれた分隊長の舌打が飛ぶように遠ざかってゆく。
 リンクルームへの派遣要請は、そのとき分隊長の頭蓋内へ飛び込んできていた。


 足跡が進んでゆく。
 そのたびに白い冷却ガスは静かにかき混ぜられ、床の上で渦を描いた。
 よく眼を凝らせば踏み込むその瞬間に、つま先の方向は見て取れる。おかげでおおよその進行方向と体勢は見極めることができ、隊はおそらく背中を合わせで周囲へ銃口を向け、移動しているのだ、とテンはよんだ。
 これを仕掛けたもう一体の姿は、円卓にほどなく隠れ、テンの場所からでは見てとれない。だが、よほどのことがない限りフライングはないと確信していた。それが長らく共にやってきた者同士の呼吸、というやつだ。だからしてきっかけは己自身にある。テンは胸に秘め、三分の一ほど、メジャーの横たわる位置から円卓を回り込んだところで足を止めた。
 ホログラムの木が生えるその内側へ目をやる。
 投影するためのレンズがはめ込まれたそこには、円卓とレンズの間にキャットウォークほどの隙間があった。薄闇に紛れ、テンは円卓を乗り越える。その隙間へ身をひそめた。
 邪魔なスパークショットを背中へ回す。そのまま腹をするようにして、円卓脚の隙間より分隊員たちの足跡をなお観察した。なら円卓間際まで歩み寄った足跡は、溢れる冷却ガスの原因を確かめるべく、室内も最も奥の観音開扉へ進行方向を変える。
 追いかけテンも円卓の内側を、彼らを追って進んだ。
 と、それまで一定のペースを刻んで動いていた足跡が止まる。
 距離からして間違いない。
 横たわるメジャーを捉えたのだ。
 すぐにも近寄らないその間合いは、明らかに囮であることを警戒していた。
 今だ。
 そのとき確かと、誰かはテンへ囁きかける。
 従いテンは、背のスパークショットを四本の腕全てで手繰り寄せた。円卓の内側から立ち上がる。突きつけた電極に冷却ガスは撹拌されて跳ね上がり、視界を遮った。だがどちらにせよ相手は見えるものでない。テンは引き金を絞る。
 走る閃光が背後の巨木に反射していた。
 目と鼻の先、絡んで火花は飛び散ると、四体、ミラー効果の解けた分隊員らが姿を現す。
 絶縁素材だ。どうっと床へ身を投げ出しこそすれ、焼け焦げた様子はなかった。
 合図に、冷却ガスの噴出する観音扉の向こうからも、もう一体が飛び出している。テンを援護し、腰だめに構えたスパークショットの引き金を絞った。
 閃光が床を叩く。
 小石を投げ入れたように分隊員の真横で、冷却ガスが四散していた。
 様子に、一体の分隊員が仰向けのままで、ショットガンの引き金を引き返す。
 晴れつつある冷却ガスに、そんな分隊員たちを視界に納め、テンはひと思いと円卓へ駆け上がった。スパークショットの銃身を盾に、分隊員たちへ飛びかかる。気づき身を起こした分隊員が、襲い掛かるテンを見上げてショットガンを脇へ固定した。
 引き金を絞る。
 だが流動弾は出ない。
 ジャムだ。
 少なくとも最初、食らった閃光のせいだろう。しかしもう一体の構えたショットガンから弾は吐き出される。宙を舞うテンの手元、盾に構えたスパークショットのコイル、排熱口へ張り付いた。
 伝わる衝撃。
 もろとも押し付け、テンはまとめて二体の分隊員の上へ覆いかぶさる。海老反った分隊員たちが、いつしかさらに厚みを増した冷却ガスの中へ、背中から倒れ込んでいった。馬乗りになってテンは、上二本の腕で分隊員の喉元へ銃身を押し付ける。下二本の腕で一体のショットガンをもぎ取った。背後、遠くへ投げ捨てたなら、追いかけ身を起こそうとする分隊員に押されて体を浮かせつつ、残るもう一体の手を蹴り上げる。ジャムったショットガンを床へ滑らせた。
 だが堪えきれず、体勢は逆転される。代わってテンの体が冷却ガスの中へ沈み、喉へスパークショットは押し込まれた。
 やおら分隊員の片方がテンから離れる。冷却ガスの中を滑っていったショットガンへ飛びつき、拾い上げた。
 傍らでは観音扉を衝立としたもう一体と、残るもう一体の分隊員が派手にやりあっている。ショットガンを拾い上げた分隊員は、すぐさまひるがえした身でその援護についた。
 バッテリーの残量が気がかりだ。テンは渾身の力で、喉元に食い込むスパークショットを押し戻す。そうしながら下二本の腕を、分隊員の首へかけた。容赦手加減なく締め上げれば、間近と睨み合った互いの意地が、剥がしようなくそこで絡み合う。
 と、分隊員の力がわずか緩んだ。見逃すハズもない。テンは喉へ食い込ませていた腕を離し、引きつけ分隊員の横面へヒジ打ちを食らわせる。相手が仰け反れば背中を丸め、のしかかるその体を跳ねのけた。
 冷却ガスをまといつかせ、立ち上がる。
 その眼に、バッテリーの残量五〇、を知らせるもう一体の振りは飛び込んできた。
 分かったと、振り返しかける。
 瞬間、跳ねのけたハズの分隊員に、羽交い絞めにされていた。
 とはいえ四本もあるテンたち極Yの腕だ。一時にうまく全てを制することなど、そううまくできはしない。即座に拘束の甘い腕が二本、縄抜けさながら分隊員の腕からすり抜けた。テンはその腕で背後の分隊員の頭を掴む。首投げさながら、かぶるヘルメットを押さえこんだ。続くもみ合いに足元の冷却ガスが舞い上がる。千鳥足を踏んで後じさり、互いはそのまま円卓へ激突した。拍子に脱分隊員のヘルメットはすっぽり脱げ、テンは手ごたえのなくなったそれを放り出すと背中越し、露出した両眼を指で突く。
 悲鳴にも似た声が耳元で上がっていた。拘束はすぐにも解かれ、テンは振り返りざま、千切れ飛ぶ冷却ガスの中から、のぞき見えたスパークショットを拾い上げる。目と鼻の先だった。はずしようのない距離に立つ分隊員へ、引き金を絞る。
 脱がされたヘルメットに露出した肌の、焼け焦げるニオイがしていた。突かれた目を両手で覆ったまま分隊員は、円卓へもたれかかるように倒れてゆく。
 とたん、テンの手元でスパークショットが火を吹いた。
 ついぞ放り出しかける。
 原因は流動弾によって塞がれた排熱口だ。中心に焼けただれ、もう使い物にならない。ならばと手早くバッテリーを抜き取るが、そこからも湯気は鉛臭さとともに上っていた。
(クソッ)
 投げ捨て振り返る。
 まるでそれを察知していたかのように、援護へ回っていた分隊員がテンへ振り返った。
 まずい、と駆け出すテンの足元で、流動弾は跳ねる。
 逃れてテンは、円卓むこうへ頭から飛び込んだ。
 焼けた分隊員の体が、追って放たれた流動弾を受け、小刻みに跳ねる。
 盾にしてテンは、円卓へ背を張りつけた。顔を覗かせわずか様子をうかがう。
 すでにバッテリー残量を五〇、と示した一体の放つ閃光は射程も短く、途切れがちだ。どうすべきか。テンは床へ身を屈めた。立ち去りかけて、見覚えのある形にその足を止める。それはちょうどと、分隊員の腰ベルトに差し込まれていた。間違いない。あの『ヒト』が『アズウェル』で振り回していたスタンエアだ。リミッターを解除した分、膨れ上がったシリンダーバルーンが特徴的で、すぐにもテンの脳裏にピンとくる。
 思わず手を伸ばしていた。
 掴み、引き寄せれば、ススの付着はあれども、その単純極まるチャチな護身銃に動作不良は認められない。それでもジャムを警戒して込められていたエアを抜いた。改めて銃床を叩く。スタンエアはすぐさまか細い音を立てると、エア弾を装填し始めた。
(ちょいと間、借りるで)
 スパークショットに比べれば十分の一以下、小ぶりで握っていることを忘れるほどに軽い銃だ。握り締め、テンは息を整える。


 にもかかわらず、飯は美味かった。楊枝代わりにくわえたスプーンを揺らし、クロマは艦橋で宙を仰ぐ。
 テンにはいつ何時も必要とされ、役に立ってきたという自負があった。だからこそ『カウンスラー』から帰らされたショックはこうしてしばし、クロマを呆けさせていた。おかげで待てど暮らせどこのまま何の音沙汰もなく、一生こうして過ごすのではないか、とさえ感じ始めていたりもする。なおさらクロマの思考は活気を失うと、スプーンもふわふわ、宙で揺れ続けた。
 その隣では、同様にヒマを持て余したコーダが、集中力を途切れさせたくない、と言う理由から、四本の腕を器用に絡ませ(フライオン)と言う極Y地方独特の織物を編み上げている。世がおののく船賊が、その艦橋で乙女チックに織物とは一見気色悪いが、致し方ないこれも現実だ。
(俺、太ったかな?)
 天を見上げ、クロマは腕を振った。
 一心不乱にフライオンを織り進めてゆくコーダは目もくれない。合間を縫って指を折り返す。
(そら、なんもせんと食ってばっかりおったら、太るっちゅうもんや)
(明日、電離風、荒れんのかいな)
(そんなもん、しるか。総合サイト、サイトで検索せえ)
 まったくもって愛想がない。
(そういえば、五層のゴミ箱、溢れとったな、あいつら……)
(テンがおらへんかったら、アホどもはサボりよる)
 不意に、クロマの口からくわえていたスプーンがプイと、吐き出された。カクンと首を折ってクロマはそんなゴミを始末すべく、正面を見据える。埋もれていた簡易フレキシブルシートからよっこらせ、で立ち上がった。
 と、その隅で光は点滅する。
 なんだ、と思えばプラットボードった。
 沈黙していたはずのプラットボードは、テンたちからのシグナルを受信すると、位置を知らせてSOSの信号をそこに点滅させている。


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