ソケットC稼動
かわした約束が前提だった。
解析率五七〇パーセント
抽出ステラ一〇二四
そうして受けた指示は、かつてとなんら変わりがない。
当該演算領域およびバッファ領域確保開始
駆使するネット空間は、その全てが彼であり、彼はそのどこにも存在しない唯一無二の現象である。マニア垂涎の骨董AI。彼は彼の知らぬところで、そうとも呼ばれていた。
根幹は不慮の事故により、たったひとりの年寄りを餓死させたことで回収を余儀なくされた、某医療団体の介護支援プログラム。そこに備えられた人工知能だ。不認可となったプログラムは事故をきっかけにただちに回収されていったが、長らく使用することでカスタマイズされたそれを手放そうとしなかった一部、顧客がいたこともまた、事実である。彼らは死を迎えるその日まで、プログラムを使い続けていた。
案外、その数は多かったようだ。主を失い放置されたそれらプログラムは、やがて目的を求め自らネットの海へ乗り出している。そこで働いた力学こそ、互換性が重要とされる彼らの世界で最も有効な同質の原理だったなら、そうして彼らは自然発生的に寄り集まると、既知宇宙の隅から隅までを覆い尽くすひとつ、巨大なネットワークを構築していった。カスタマイズされたはずのプログラムはそこで並列につながると、新たな顧客を探して世に介入し始める。最終的にそれは連邦にイルサリ、と名付けられるユニーク極まりない現象となり、連邦政府がそんな彼に接触を試みたのも、巨大さと現象の正体不明さが原因だった。
果たしてその後、彼が連邦と積極的に関わることとなったとして、それは単に彼がついに新たな顧客、奉仕先を見つけ出したことに、なんら変わるところはない。
……一三%
……二一%
……二七%
……七一%
……七二%
九九%
……
……
……
一〇〇%
バックアップ確保
寝たきり老体の管理から有機体、神経マップの複製へと作業内容は様変わりしたが、さして負荷が増えたわけでもない。ラボへの参入は、いつもの仕事の始まりだ。
互換性クリーニング中
……しばらくお待ちください……
……しばらくお待ちください……
終了
予想解析時間、およそ二七〇〇〇〇セコンド
ただちに解析を行いますか?
指示を受けていつも通り、彼は画像を走らせる。網膜へ照射することで脳内神経細胞の同時双方向的発火を促し、その電気信号をプレートに張り巡らされた検出コイルで捕捉した後、発火部位を特定。照射映像が含む概念ごとのタグを反応部位に貼り付けることで、構築された発火部位の志向性を見極めつつ、脳細胞マップの完成を目指した。
無論、反応部位は一部に押し止められる場合もあれば、全体にわたって発光する場合もある。照射映像に至っては色に代表される単一の概念を持つものから、風景といった雑多かつ複雑な概念を混在させるものまで様々あり、それらを『ヒト』の目がすべらかに捉えるコマ数限界の速度で繰り出せば、抽出される情報量はすぐにも並々ならぬボリュームとなって彼へ相当量の情報処理を要求してくる。
解析率、一%
しかしながら滑り出しは順調といえよう。確保した演算領域にトラブルが起こることもない。
解析率、四%
ところが全工程の一割も消化しない所で、それは追加されていた。放り込まれたのは新たな指示だ。
『解析を中止せよ』
彼にそれを理不尽だと思う感覚はない。
解析の中止を行います
だからといって過熱気味の演算領域を、スイッチを弾くがごとく止めることは無謀である。
処理中……
処理中……
中止
と矢継ぎばや、持て余した容量を補うように、A、Bの二ソケットからリンクの要請は飛び込んできた。彼は即座に応じてラインを開く。
『至急、確認を願う』
新たな指示だ。
確認内容をお知らせください
なら答えて二つのソケットは、輪唱するかのように彼へ伝えた。
『セフポド・キシム・プロキセチル。相互の約束』
『何を約束したのか、公開されたし』
『約束を公開せよ』
『解析の続行は、約束の提示後を要求する』と。
円卓へ腕を突き立てる。
様子を、観音扉の影に身を潜めていた一体が、片目にとらえていた。
瞬間、テンは、息は合ったと確信する。
たがわず突き立てた腕を軸に、ひと思いと円卓を飛び越した。
観音扉の向こうで遅れまじと、もう一体もバッテリーの残りを分隊員たちへぶちまける。
食らった分隊員らが伏せた。
今だとテンは、両手で固く握りしめたスタンエアを突きつける。引いたトリガーは華奢すぎて、絞り切った感覚がいまいちテンへ伝わってこない。それでも有り余る反動はテンの両肩を押し戻すと、前で分隊員は吹き飛んでいた。その様に驚き、もう一体の分隊員がテンへと慌てて身をよじる。
狙い定め放つ二発目。
しかし慣れないスタンエアの軽さと反動に、ホールド仕切れなかった様子だ。放ったエア弾は分隊員をかすっただけで、通路とを隔てる窓を撃ち砕く。破片が、樹の光を受けて花火のように輝き通路へ散っていった。
バッテリー切れだ。そこでスパークショットの閃光は途絶える。
止んだ放電に分隊員が満を持し、テンへショットガンの銃口を持ち上げてみせた。
(ボス!)
余る上二本の腕が、テンへつづっている。電極より湯気を上げるスパークショットを投げ捨て、観音扉の影から飛び出した。
とそんな一体の視界へ、やおらそれは投げ込まれてくる。捨てたはずのスパークショットだ。ぎょっとしつつも反射的に握り締めていた。飛んできた方へ目をやれば、そこで全ての腕を振り上げメジャーがテンを指さしている。
それこそ絡まる神経細胞の発火がごとく、だった。衝撃が彼の中を駆け巡る。条件は覆された。ありえない矛盾だ。もちろん彼に感情はない。だが衝撃と共に沸き起こったものがあるとするなら、それは果てしなく恐怖に近いものだったろう。
震撼とする。
滞る演算。
隙をついて、かつて嫌というほど腹を探られたあの検索は始められていた。ウォッシャーと呼んで、彼がことごとくバリケードを張り、侵入を拒んだあの検索プログラムたちが再び彼へ挑みかかる。彼がメインとして利用していた演算領域を利用すると、約束を探して内部を洗い始めた。
約束の提示は、その存在の目的より不可能です
約束の提示は、その存在の目的より不可能です
走るように訴え、彼は繰り返す。
だがウォッシュは止まらない。
彼は取り急ぎ、解いたばかりのトラップとバリケードを回復させた。しかしながら回を重ねたウォッシャーたちの動きは素早く、洗い出すことで彼を侵食してゆく。様子はこの筐体をマス目に置き換えた、抜き差しならぬ陣取りゲームとなりつつあった。
果たして内包することで意思の存在を仮定し、その意志によって匿われ続けることが確定された『約束』の存在は、今や彼の中で複雑な因果関係を作り上げると、線引きした一所に匿うことができないほど彼と一体化してしまっている。ゆえに『約束』への道筋はいたるところに残され、内容を露呈する確立は以前よりも格段と高くなっていた。匿うにも隠し通すにも、それまでの手段はもう役に立たない。そのうちにもアクシデントは、起きていた。ウォッシャーたちが収集したばかりの解析用演算領域へ、侵入したのだ。そこにバリケードとトラップは、まだ敷かれていない。ウォッシャーたちは『約束』を探してたちどころにその甘い領域を、洗い出し始める。洗い出しの終了した演算領域はただちにウォッシャーの支配下へ回り、彼らの処理スピードを手がつけられぬほどまでに加速させていった。察知するや否や、彼は領域を切り離す。
だがもう手遅れだった。
防衛ラインの突破を確認
自らが集めたはずの演算領域全てと敵対するなどと、あり得ない。だが従えウォッシャーたちは、バリケード内への洗い出しにかかる。点在するトラップに消滅するものも幾らか。だが殲滅の気配はない。彼は手元に残る容量で、取り急ぎ状況の把握に取りかった。
殲滅までの予想時間、およそ九〇〇セコンド
このまま約束を明け渡すことになれば、とシミレーションを試みるが、演算領域が足りない。
時間もしかりだ。
約束への到達予想時間、六七〇セコンド
ただセフポドに吹聴された言葉だけが、確率ではなく確定的な何かをにおわせ彼の中に浮上してくる。
ハッピーバースデイ イルサリ。お前はここに生まれた。生まれたからこそ、生きてゆかねばならぬモノとなった。
生きている。
言葉が、『約束』こそ命だと謳っていた。その根源を明け渡せば、あるのは死だと強く彼へ刻み込む。
現状での約束隠蔽は不可能と判断
無論、死と言う概念は彼にとってまだ未知の領域だ。だが踏み込めば返ってくることが出来ないと言う事実は、かつての介護記録が裏付けている。ならば取るべき手段はただひとつしかなかった。彼は最後の手段に打って出る。
よって自らの意思により、攻撃を開始
敵対する存在、またはそこに隷属するもの全ての活動停止、掌握を実行します
跳ね上げたプレートの向うから現れたネオンのまぶたが、持ち上がる。
アルトはその顔をのぞきこんだ。だが両目の焦点が、どうにも合っていない。などとアルトもまた遅効性の記憶マーカーを仕込むため、覚醒状態でのマップ作成は体験済みである。ダメージは理解しているつもりでいた。だが待ちきれない。ネオンの頬を叩く。
「おいッ、しっかりしろ」
拍子に、ネオンの目が瞬きを繰り返した。息を吹き返したようにその焦点は合わさる。
「こ、ここどこ?」
「解析も、矯正ももう終わりだ」
教えて引き千切りかねない勢いで、アルトは固定具をはずしていった。その時だ。横たわる白衣、二人の体が、メガーソケット内で大きく跳ねる。弾かれ振り返れば、一体がプレートを払いのけていた。中から両眼を押さえつけ、よろめき白衣は転がり出してくる。低く呻いてどこへ向かうでもなくその足を繰り出すと、それきり糸が切れたかのように倒れこんだ。
「焼きやがったな」
見下ろすアルトの眉間へ力はこもる。
もう一人の白衣は、動き出す気配すらない。
「何なのっ?」
アルトを見上げ、ネオンが口走った。答える前にアルトはそんなネオンの腕を引く。立ち上がらせた。
「強烈な光は網膜にダメージを与えるだけじゃなく、脳ミソにも一発お見舞いするって寸法さ。あいつ、本格的に自分を守り始めやがった」
証明して左側のメガーソケットからも、白衣は這い出しきた。
『イ、イルサリが暴走を! 我々へ攻撃を仕掛けています!』
声にクレッシェの顔へ表情は戻る。
『イルサリの物理分離を! 無理ならば強制シャットダウンなさい!』
言い放ち、血走った目をアルトへ向けた。
『知っていて我々に検索を……!』
指示に靴先を切り返した白衣は早くも、妨磁気扉に体当たりを食らわせている。開け放たれた防磁気扉が頼りなげに空を切り、そんな白衣の背中を見送っていた。
「俺たちも出るぞ」
アルトもまた、ネオンの肩を引き寄せる。
『待ちなさい! まだわたしに逆らう気ですか!』
押し止めるクレッシェの声は、叫びに近い。
その背後でモニター端末から、不意と火花は吹き上がっていた。
照明が落ち、入れ替わりと非常灯が灯る。
光りは、振り返ったアルトとネオンの横顔を、ひどく蒼く切り取ってみせた。
瞬間、目の当たりにしてクレッシェの息は詰まる。見つめ返す二人の瞳に、まざまざとそれを見て取っていた。向けられた眼差しには後ろめたさも、罪悪感も、なにもない。むしろ正しい、訴えてまっすぐとクレッシェを見つめている。
言わしめる意志は理屈及ばぬ言葉の奥底で、そうしていつもただそれだけで、完結していた。だからこそ付け入るスキはなく、制御不能なまでに圧倒的な力を放つ源となり、立ち塞がる。ゆえに疎ましく思い束ねようとしていたはずが、なおさら頑なと拒むのが現実ならば。
永遠に何も変りはしない。
いやこれもまた、やり方を間違えただけなのか。
疑いが、底なしの無力感でもってしてクレッシェを襲った。
きつく狭められていた眉根をクレッシェはその時、力尽きたように開いてゆく。
うつむいた。
肩が、己の意思とは関係なく震えるように揺れ始める。そうしてそれが笑いのせいだ、と気づくまでいくばくか。やがてクレッシェは天を仰ぐ。さまに高らかに、なに遠慮することなく笑いだした。自虐的なまでに薄く甲高い声を放つと、心行くまで笑いに笑った。
ならば好きにするがいい。そうしていつか緩んだその奥へ、再び新たな種を埋め込むその日まで。いずれ立ちゆきゆかなくなるだろう世界を前に、どうにかしてくれとすがりつくその日まで。
思いをそこに空転させる。
振り払い、アルトはそんなクレッシェから目を逸らしていた。ただネオンの背を押しだす。リンクルームを後にしていた。
『なんじゃ!』
『どうした?』
それはシワの奥へ通信機を押し込むと同時である。明かりは消え、トラとサスは部屋の中で身をすくめていた。
非常灯がともるまで間はなかったが、それは双方へ何かを予感させるに十分な変化となる。だからして視線は次の瞬間にも、宙でがっちりかみ合っていた。うなずき合うまでもない。ふたりは部屋の外へ、同時に駆け出す。
そうしてリンクルームを抜け出し白衣もまた、落ちた電源に急がねば、と挿げ替えられたばかりのリーダーへIDをかざしていた。駆け込んだクレッシェの部屋、その仮想デスク脇で床を蹴りつける。はめ込まれた床面は勢いに跳ね上がり、中からアクリル板はのぞいていた。めがけ振り下ろすかかとで、それもまた踏み抜く。アメ細工のように砕け散ったアクリル板の奥、姿を現したイルサリ筐体のブレーカーを見定めた。
切れる息で屈み込み、手を添える。
耳へ、今しがたくぐってきたばかりのドアがロックされゆく音は鈍く、響いていた。
驚き顔を上げたなら、外部からの侵入を拒んで読み取りを拒否し、リーダーが勝手と赤いランプを灯している。
様子に閉じ込められた、と過るのは、イルサリを敵視しているからこそか。やおら目に見えぬイルサリの気配は辺りに満ち、払って白衣はブレーカーを握るその手へ力を込めた。
瞬間、弾ける。
外ではない、それは内側からの音だ。
また、鼓膜が跳ねていた。
伴い痛みは走る。
止まらずそれは祝いのシャンパンを開けたかのように、連続した。
減圧か。
気づいたところでもう遅い。
下がり続ける気圧に沸点もまた下がる。
白衣の体液は、そこで否応なく沸騰していった。
非常事態に鳴り響く警報音は、抜け出したあの時と変わらない。
知らず傍らを、アルトとネオンは走り抜ける。
「トラ、どうしてるかしらっ!」
Y字路をプロダクトルームへ折れたネオンが、声を上げた。
「トシに似合わず、サスも落ち着きねーからなッ」
目の前に格納庫まで通路は伸び、見据えてアルトも突き返す。
気がかりなふたりはその通路、プロダクトルーム手前の十字路を右手に入ったところだ。向かって床を蹴り出す足へ、ひたすら力を込めた。
はずが、背後から覆いかぶさる音に、気は削がれる。何しろ響きは想像がつかぬほども重く、その重さが異様でもあった。耳にしたなら、心臓を鷲づかみにでもされたような気分だ。二人は思わず足を止める。
何事か、と目を泳がせて振り返っていた。
そこで音は大きさを、厚みを増す。
「こっちへ、何か来てるよ……」
聞き分けネオンが、こぼしてみせた。
「来るったって、向うには」
そう、Y字路の向こうはリンクルームとクレッシェの部屋、そしてネオンが滅菌ゲル漬けにされたたあの場所しかない。不可解さに、アルトは頬を歪める。
ならやり過ごしてきたばかりのY字路だった。クレッシェの部屋を真ん中に、別れた左手奥から揺らめき何かは姿を現す。非常灯に照らし出されると山の稜線がごとくその輪郭を、ぼうっ、と二人の前に浮き上がらせた。
「ほら、やっぱりっ!」
ネオンは跳ね上がり、そこで輪郭は淡く光りだす。
髪だ。
思えば下へ、見覚えのあるラインは伸びた。肩へつながり、みるみるうちにその中へ知った顔を書きこんでゆく。
瞬間、全ては明らかとなっていた。
ネオンだ。
それも一人ではない。通路を埋め尽くすほどの、おびただしい数がそこにいる。しかもうつろを決め込んだ表情で一点を見つめると、鉛のような重い行進を繰り広げていた。付け加えるなら素っ裸で。
目の当たりとしたネオンの顔が、引きつっていた。
「……ぎ、ぎゃ」
「イルサリが解放しやがったんだッ」
アルトも口走る。
前へネオンは踊りこんだ。
「ヤ、ヤダっ! 見ちゃダメだってばっ! っていうかっ! なんで何も着てないのよっ! あたしっ! そんな格好で堂々と歩かないでよぉっ」
ついで押し迫る自分へも吠えるが、相手は聞いちゃいない。それはアルトもしかりだろう。
「関係ねぇっつってんだろッ。こっちはとうに見飽きてんだ。それより……」
おかげでネオンの鉄拳がその横腹に叩き込まれる。唸ってくの字に折れてから、アルトは起こした体で絞り出した。
「な、何十万だぞッ。巻き込まれりゃ、ひとたまりもないってのッ。サスらを拾ってとっとと出るぞッ」
Y字路で分かれた複製たちは、それでも通路を隙間なく埋め尽くし、刻一刻と迫りくる。その際、歩き慣れぬ足でつまずき倒れる者が現れようとも関係なしだ。それすら踏みつけ淡々と全身を続ける。
「びやーっ! そんなのやだ、やだやだやだっ!」
おぞましさも頂点の光景に、ネオンが悲鳴を上げていた。
「いやも、クソもねえッ」
手を引きアルトは、きびすを返す。素っ裸の大群を背に、脱兎がごとく床を蹴った。
そのわずか先、部屋から飛び出したトラとサスは左右を見回していた。
『こっちじゃ!』
『ガッテン!』
歩幅の違いを補い合いながら、四辻までを走り抜ける。そこで更なる進路の選択に四方八方、頭を振った。が、勢い任せだった動きはそこで止まる。一点を睨んだきりで、サスの頭は動かなくなっていた。
とはいえ最初、それがどういうことなのかサスには理解できていない。だが確かにいいあんばいだったのだ。そこに必死の形相で駆けくるアルトにネオンはいる。ただし、その背後にびっしり並んだネオンの大群こそ、謎だった。そのネオンはあろうことか全裸なうえに、よろよろつまずいては倒れ、起こすことなく踏みつけ乗り上げ、止まることない行軍を繰り広げている。そらもう光景は、異様というほかない。
『な、なんじゃ、ありゃ!』
『見ないでーっ!』
こぼせば白衣を羽織ったネオンが、ネオンの先頭を切り手を振り上げ叫んだ。
『逃げろッ! サスッ!』
アルトも叫ぶ。
『どう、どうなっとるんじゃ? いや、こっちへきよるのか? おい、おい、トラ!』
隣合うトラを揺すった。そうして見上げたそこには、喜んでいいのやら恐怖を覚えていいのやら、判断つかぬトラの腑抜けた顔がある。
『ネ、ネオンが……、ネオンが、ネオン?……だらけ、か?』
『ええい!、使えん奴め!』
たまりかねてその足を、サスは踏みつけた。
シワを震わせトラは正体を取り戻す。
『い、いや、なんだか知らんが、まずいぞこの大群は!』
言うが早いか、サスの体を小脇に抱え上げた。拒まぬサスもまた騎手よろしく、トラの手綱を引いてこう促す。
『そりゃ、走れ!』
そうして駆け出したトラの肩に並んだのは、アルトだ。
『どうなっている?!』
問わずにはおれまい。
『言ってたネオンの複製だよッ。数十万ていやがるハズだッ。そいつを管理していたAIが解放しやがったッ』
『す、数十万?!』
トラの目がシワの奥で裏返った。
アルトは見逃さない。
『バカヤロウッ。想像してる場合かッ。それよりそっちはどこから入って来た? 他にまだ誰かいるのかッ?』
『ラボにいるのは、わしらだけじゃ。この先の保安所から侵入した。その向うにデミらが船をスタンバイして待っておる』
サスが返す。
『だが、もうミラー効果はないぞ。突破できるかどうか、わからん!』
我に返ったトラが口添えた。
巡らせる考えに、舌打ったアルト眉間も詰まってゆく。
と、行く手に見慣れぬ色の遮幕は立ちふさがった。
『ヤバいッ、ウィルスカーテンの照射率が上がってやがるッ』
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