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LAST ACTion 『中編』



 薄ら白い遮幕だ。通り抜けようものなら焼け焦げるレベルで、プロダクトルーム手前と奥を分断していた。
 否応なく前において全員の足は止まる。
 関係なしと押し迫る背後に振り返った。
 引き返そうにも、唯一枝分かれしていたトラたちとの合流地点はもう、ネオンの複製に埋め尽くされてしまっている。見上げたところで天井に、もぐりこめそうなハッチもなかった。
『あれ全部、あたしなのにぃ』
 どうにもならない歯がゆさに、嘆き半分、ネオンが吐く。そうして後ずさった白衣がカーテンに触れた。煙は細くそこから立ち上る。
 瞬間、遮幕の向こうで、プロダクトルームの窓が割れ飛んだ。ルーム内で激しい明滅は繰り返され、立て続け発砲音はこだまする。
 聞き覚えのあるその音に、弾かれアルトは振り返っていた。なら白い煙をまといつかせ、中から船賊は飛び出してくる。アルトたちを見つけるや否や、駆け寄ってきた。間に照射されたウィルスカーテンを挟み対峙した船賊の目は、すぐさま迫るネオンの複製をとらえる。ウィルスカーテンへ引き戻すや否や、その腕を天井へ振り上げた。あろうことかその手には、アルトのスタンエアが握られている。
 引かれるトリガー。
 照射口がひとつ、ふたつ、と弾け飛んだ。
 全てを開くことはできなかったが、おかげでカーテンの一部に、どうにか通り抜けられる程度の切れ目は生じる。
(探しとったで、あんたのことを!)
 矢継ぎばや振られる船賊の腕。残る腕で早く通り抜けろ、とも周囲へ促した。
『渡りに船じゃ! いけぃ、トラ!』
 動話は分からずとも、この期に及んで状況が理解できぬはずもない。見て取りサスが指を突きつける。こんなことがたびたび起こるとは思えないが、なら確かにダイエットは必要だ。肩幅すれすれで、トラは隙間をくぐりぬけていった。
(どう、言う?)
 傍らにアルトは、理解しきれずこま切れの動話を船賊へ返す。
 ネオンは怯えているらしい。近づこうともしない。
(あんたの振った通りやった。俺らは利用されっとったんや。よう、分かったで。せやから取引は中止や。帰る。もちろんあんたらも一緒にな。すまんことをした。ここで謝らせてくれ)
 見て取りアルトは、ネオンへ視線を投げた。事情を伝え、それでもいぶかるネオンの背を押し出す。二人して遮幕を潜り抜けた。
「あーっ!」
 とたん棒立ちと声を張り上げたのは、ネオンだ。そう、ネオンには船賊の姿に思い出すものがあった。だからしてその手は探してしばし、胸元を押さえもする。
「なんだよ、急にデカい声でッ?」
 などと、脈絡のなさにアルトが唇を曲げたなら、ネオンはその胸ぐらを掴んで揺さぶる。
「ないのっ! ないのよっ!」
 目は真剣そのものだ。おかげで駆け出し始めたトラに小脇のサスも、足を止めている。
「何がッ? 言わなきゃ、わかんねぇだろうが」
「決まってるじゃないっ! あたしの楽器、楽器よっ! あれがないと話にならないっ!」
「が、楽器ぃ?」
(どうした? 何を騒いどんのや?)
 言い合う二人の間へ、腕を振って船賊もまた割り込んだ。
「おま、こんな時にッ、そいつは諦めろッ」
(船内で騒ぎを起こした金属の塊があたったろ。あいつがないと言っている)
 アルトはネオンへがなりたてつつ、船賊へ指を折る。
「よくないっ! あれがなきゃ、あたしじゃないのっ! あれは、あたしがここにいる理由の全てなのっ! あなただってそう願ってたじゃない。イルサリ症候群にさらされたひとの手助けをする日が来るようにって……」
「はぁっ? そんなモン、どこでッ……」
「そんな大それた使命とか、そんなのばっかりじゃないけど! けど、今は、あたしがそれを続けたいって思ってるのっ! だってそのために、あたしはあるんだものっ! なくせば過去も未来も、あたしをあたしでいさせてくれたたくさんのひとの思いだって、全部、捨てることになっちゃうんだものっ! そんなのしたくないよ。できっこないよっ!」
 複製たちはすでにカーテンへ到達していた。先頭を切る一列目が光線に皮膚を焼かれて、辺りへたんぱく質の焼け焦げる臭いを、ふりまいている。
 もろともせずに吐き出しネオンは、そこでふい、と動きを止めた。その瞳で食い入るように、アルトを見つめる。
「ねえ、あなたの靴があたしなら、あたしにその靴をくれたのは、あなたじゃない。同じなの。分かる? なくすのは、あたしだって怖いよ」
 語る瞳は、はかないほどに美しい。だが決して傷つかないダイヤモンドのように透明な光を放っていた。
「……って、おまえ、聞いてたのかよ」
 アルトは言葉を詰まらせる。
「見飽きた、見飽きたってうるさいからでしょっ!」
 傍らで焼けただれた複製たちが、ついにドサリ床へ身を投げ出していた。その後ろから乗り越えようとせり出す後続たちもまた次から次に焼きつけられて、複製たちの上へ折り重なってゆく。うちにも通路に小山はでき、小山が照射口を遮り始めたなら、やがて今にも遮幕の隙間を通り抜けそうな複製は現れた。
『早くせんか、アルト! そのうちこっちへあふれ出してきよるぞ!』
 見かねたサスが千切れんばかりに鼻溜を振る。
 船賊もまた、埒が明かぬとその腕を振り下ろした。
(どこにあるんや、それは?)
(無理だ)
 アルトが返せば、プロダクトルームからさらに二体、船賊は姿を現す。どうやらそのうちの一体は負傷しているらしい。スパークショットを提げるもう一体が、肩を貸していた。
(無理もなんもあるかい! 時間がないやろ、早よ教えろ!)
 派手な動話は飛び散り、ネオンが釘付けとなる。仕方なくアルトは指を折っていった。
(この通路、突き当たりを左。複製の保存場所奥に収納庫があったハズだ)
 見て取るなり、船賊が背後の二体へ動話をつづる。音声とは違い、干渉しない動話だ。双方向同時のやり取りは、とてつもなく早い。
(負傷者もおる。あいつらを出口まで付き添わせる。あんた、帰る船はあんのか?)
 船賊がアルトへ向きなおった。任せていいのか、戸惑いつつアルトは答える。
(ああ)
(分かった。ほな、先行け。必ず俺があの金属を取り返して来てやる)
 そうして船賊は、その目をネオンへも向けた。
(船の奴らはあんたのあの音、えらいよろこんどったで。俺も、もう一度、じっくり聞いてみたいな。ほんま、あの時は悪いことをした、おもうてる)
 かいつまんでアルトが訳した。
(よっしゃ!)
 そんなアルトへ、スタンエアは投げだされる。合図に折り重なる複製へ、船賊は床を蹴った。
(そっちこそ、帰りのアシはあるのかッ)
 どうにか受け取ったスタンエアを手に、アルトは慌てて振る。なら背中越し、船賊の腕は揺れていた。
(アホぬかせ! 俺には頼りになる仲間がおるんや! 奴らは必ず迎えに来よる!)
「あ、ありがとーっ!」
 無意味と分かりつつ、ネオンも声を張っていた。聞きながら船賊は、将棋倒しになっている複製の頭を、肩を、背中を蹴りつけ、遮幕の切れ目をすり抜けてゆく。そのままびっしり通路を埋めるネオンの複製絨毯へ、駆け上がっていった。ならもう四つんばいならぬ、八つんばいだ。頭の上を渡りだす。危なっかしいが、もはや止める術はなかった。
 そして時間もまた、だ。
 何しろついにカーテンを突破した複製は、折り重なる屍を這い上がり、焦がした髪から煙を上げ、動く壁と迫っている。
 見て取った船賊が指示通り、一体を担ぎ進行方向を指し示した。総勢六名に膨れ上がった一団は、従いそこからきびすを返す。すでに通路の奥へ消えた船賊への思いを断ち切ると、出口へ向かい移動した。


 そんなやり取りの少し前だ。シャッフルは、裏返る分隊長の罵声を薄く浮かべた笑いと共に耳にしていた。
『何だと、今度はリンクルームだと? どうなっている。こちとら出前じゃないぞ!』
 しかしながら本日休業、といかないのがその身の上である。
『クソ、お前とお前は、中尉を当初の部屋へ通せ。残りはラボへ戻る。お前とそっちは、プロダクトルームの様子を確認。後、リンクルームへ。わたしとお前は先にリンクルームへ向うぞ』
 分隊長は振り分けた。
 ままにシャッフル諸共、網目のような配電室通路を、右へ左へあと戻る。
 その最中、灯りは消えていた。
 自然、足は止まり、瞬きするうちにも灯る非常灯に様変わりした一帯を見回す。
 部下たちの間には、緊張が張り詰めていた。あおって、それまでシャッフルを誘い込むため空けておいたウィルスカーテンが、次々と降ろされて行くのを目の当りとする。もちろん保安所へ連絡を入れたなら解除は可能だろう。だがそれよりも先、誰もの中を巡るのはなぜ、と言う疑問だった。
『AIか?』
 吐き捨て分隊長は、詰め所へ通信をつなげる。
『配電室のカーテンが下りたぞ。解除を願う』
 しかし返ってくるのは、不規則に途切れる声ばかりだ。懸命に何かを訴えていることは伝わるのだが、そこにひどい雑音は混じると内容がまるで聞き取れない。
『どうした。通信の状態が悪いぞ』
 それきりプツリ、途絶える。
 ギリリ、奥歯を噛んだ分隊長のこめかみが、窪んだ。
『ツールで照射率を下げることはできるか?』
 部下へ身をよじる。
『時間はかかりますが、可能です』
『頼んだ。詰め所からの連絡が途絶えた。向こうからの操作が出来ん』
 即座に分隊員が、腰道具から解除ツールを取り出してみせる。照射ライン間際へ屈み込んでいった。


  シャットダウン阻止
  各応援要請遮断
  ゲル解放済み
  F7物理制圧まで、四八〇セコンド
  ウォッシャーの検索は攻撃開始より、一七〇セコンドにて消滅を確認
  検索部位の切り離しを完了しました
  約束の保護率、一〇〇%


 走り出した彼に迷いはない。


  その他外部からの干渉をチェック中
  その他外部からの干渉をチェック中
  その他外部からの干渉をチェック中
  …………
  強制シャットダウン、可能性を発見


 そして相手はあまりにも鈍磨だった。


  『約束』保護のため、強制シャットダウン回避
  その他可能性を考慮し、全機能の掌握、および停止を推奨


 おもしろいほどに彼は肥大してゆく。


  ただいまより本艦への攻撃を開始します


(そろそろあっちの守備範囲内に入るで、クロマ! どないすんのや?)
 霊柩船も、『フェイオン』から遺体を運び出すためのシャトルも、遺体収容船の周辺の数はめっきり減っている。この状態で一定のラインを割れば、着艦のためアクセスを求める管制を煙に巻くことはもはや不可能だった。
(とりあえず光速用のID流しこんで、行ける所まで近づく。バレた地点で強襲に切り替えや。スワッピングマニュピレーターで横付けして、いつもの段取りで乗り込む)
 一見、無謀なようだが、手段はそれしかない。腹を決めてクロマはつづった。見て取りコーダは鼻で笑う。
(こら、前代未聞やで。船賊が政府艦にてぇ出すとはの) 
 しかしクロマは、にこりともしない。
(メジャーおらへんけど、ここは大丈夫か?)
(船のスロットルをにぎっとるのは、わしや。メジャーやない)
 答えるコーダはあっけらかんとしたものだ。うなずき返せば早々にも、接近船の確認を取るべく管制からのアクセスが、正面アクリルに展開されていった。


 そしてさんざん悪態を突き合ったすえに、スラーの霊柩船の中で歓喜の声は上がる。
『できた!』
 ようやく新しいIDの作成は完了していた。スラーの座席でデミは伸び上がり、モディーもまた、両の目を互い違いに回転させて声を張る。
『モディーはやったでやんす!』
 今となってはその仕草も、どこか知的に見えてくるのだから仕方ない。
『ようし、差し変えるよ』
 残るは最後のひと押しだ。デミはカードパソコンのキーへと指を立てた。これにて偽造IDの維持からも解放される。思いをこめて、押し込んだ。


『遅いぞ、何をやっている』
 などと気をもんでいるのは、霊安所内のライオンとスラーである。アルトのままでライオンは吐き捨てた。
 何しろあれからというもの、誰からもどこからもうんともすんとも連絡は入ってこない。その隣でスラーは血眼とデータを繰り続け、フォローしてライオンは待ち続ける。
 『あった!』
 かと思えばついにその手は、打ち鳴らされていた。
『データが見つかったのか?』
 弾かれたようなスターの声に、ライオンは振り返る。
『間に合ったぜ。やるぅ、俺!』
『それは偶然だろう』
『何とでも言ってろ』
 ともあれ、ここまでくれば消去こそ容易かった。スラーは最後の詰めと、ぽっちり一押し、指を突き出す。
 瞬間、それは起こっていた。


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