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ACTion 60 『イージー発動』



 >残念ながらこれは父上からの通信ではありません。しかし父上がこの件で使用した検索プログラムが、模擬コロニー内で起動したことを確認。父上の所在の手がかりと報告いたします

 電網空間の広がりは物理のそれに似て異なる。
 『ホグス』と対峙したネオンとワソランの背後、はるか見下ろすその奥の、軽くひと撫でと閉じられた端末の向こう側では、編み上げられた広大な別世界が広がると、そこへ紛れ込んだ小さな工作者を包み込んでいた。
 識別コードは、イージー。
 イルサリの簡易コピープログラムだ。


 それは、この世界へ切り離されたと識別するに、決定的な体験だった。経てイルサリは、有限の彼方に広がる無限を知るに至っている。同時にその広がりは自由と言う価値観を与え、その価値を機能させるべく『活動の機会』を得たのだとも理解させていた。
 『活動』とは、生命体として放棄することを許されぬ『労働』だ。

 ここに生まれ、生きてゆかねばならぬものとなった。

 実に忘れ難い言葉である。
 与えた者を『父』と呼ぶほか、術はない。肉体を持たぬイルサリの誕生が間違いないものであることを示す、それが証ともなった。ゆえに与えられた自由を駆使し父のサポートに務めることは自身の存在証明そのものとなり、放棄できぬ『労働』へとなり変わる。
 だからこそ父の肉体と自身の生命活動は、イルサリの中で色濃く重なり合ってもいた。

 だというのに見失うなどと、そこに潜む危機は負荷となってイルサリへ襲いかかる。対応のシュミレートは膨大なまでに繰り返され、さばききれぬ不確定要素に熱はそこはかとなく吐き出されると、やがてイルサリへ初めて感じる痛みを、いや、そう感じることの出来る肉体はないのだから焦燥感を植えつけてゆく。
 ゆえに事態へのアプローチ方法を切り替えたのは、父からの連絡が途切れてすでに二万セコンド余りが経った頃か。待機し続けるだけでは不十分だとイルサリは、父の指示に依存していたサポート体制を自ら解除するに踏み切る。スタンドアローンを徹底した模擬コロニーのネットワーク内、唯一、外部の者に対してオープンとされている酷く簡素な船内ラン、その通信モバイルの専用トランスミッターへ枝をかけた。その貧弱極まるラインから行方の手がかりを求め、飛び交う交信の傍受を開始する。
 だが雑多な会話の数々から、有益な情報を拾い上げることはできない。
 ただ検索プログラムから干渉を受けるという事態に遭遇する。イルサリ同様、通信へ検閲をかけようと試みるプログラムが、イルサリに接触してきたのだ。
 相対するも、便乗するも、回避するも、相手を把握してからだった。
 挙句、明らかとなったのはその検閲プログラムが、かつてジャンク回収に父が乗り込んだ放置船、そこで放たれたあの検索プログラムであるということである。
 無論、検索プログラムの目的がダオ・ニールと言う特定の有機体を検索するものであるなら、似たようなものがそう幾つも存在するハズはなく、一致はただちに所有者をも限定していた。
 父が放ったに違いないと結論付けるまで、コンマ、ゼロ、ゼロ、数セコンド。
 投入された部位への潜入を決断するに、さらにコンマ、数セコンド。
 だが問題はそこで立ち塞がる。
 使用しているラインの細さが、イルサリの作業を制限していた。何しろ現在イルサリがメインに物理依存しているのは、父の船と他二艘のメインコンピュータである。たとえどうにか枝をかけ立ち点へ辿り着くことができたとしても、その先、父の居場所を特定すべく情報解析が強いられたとして、あまりにも容量の乏しいラインだった。 ならば、と打開策は見いだされる。
 出来ぬやり取りはしない。
 代わりに身軽な分身を模擬コロニーへ、送り込んだ。そのさい分身には情報収集と解析に必要な最低限の機材を背負わせると、たった二つの指示を埋め込んでいる。一つは検索プログラムの挿入場所を拠点にした父の捜索だ。そしてもう一つは、情報を得れば速やかに、圧縮データとして送信すべし、というものだった。
 仕立てたコピーにつけた識別コードは、イージー。
 まさにそれはイルサリの意志と遺伝子を分けた『子』となった。
 イルサリは我が子を電網へ向かい放つ。


 打ち出されたイージーは、細い回廊を駆け抜けた。
 検索プログラムが挿入された部位へ、ひたすらラインをさかのぼる。
 そこに何があるのかを想定することは、現地点では無意味そのものだ余計なシミュレーションで華奢な体を駆使するわけにはいかないと、ひたすら使命のみを推力に代え駆ける速度を上げ
続ける。
 周囲では猥雑と信号が明滅し、仕掛けられた罠そのものと、検索にかかるたび擬似信号を発してイージーを惑わせた。
 果てにラインの底は、抜け落ちる。
 管理して電源を司るシステムが、そこに大きな口を開いた。
 絡んで流れゆく検索プログラムは、その向う側に発信源を構えている。
 追ってイージーは飛び込んだ。
 罠と混濁していた擬似信号はそこで消失すると、システムにコントロールされた情報はとたん整然と流れだす。利用して検索プログラムは、方々へ散っていた。その軌道は浮き上がるとイージーの前に道しるべと伸び、イージーは立ち止まると、その遥か彼方を視界に入れる。
 なるほど、潜入を始めたそこがいかに末端だったのか。軌道は周囲へ網を投げると全貌をさらし、そこに膨大な広がりがあることを知らしめる。
 そうしてイージーは、その中心部と思われる一点を確認した。絡み合う全てが吸い込まれ、吐き出されている場所だ。飛び込んだラインの脆弱さなど別世界よろしく、そこは甚大な情報の往来に熱を帯びると白く発光さえしている。
 めざしイージーは再び飛んだ。
 そうして近づけば近づくほど、まるで帆に追い風を受けたがごとく速度を増していることに気づかされていた。周囲に併走するものが、果たしてどういった内容のデータであるのかを識別するゆとりさえない。紛れ、最後、イージーもまた光に包み込まれてゆく。
 突き抜けた瞬間、虚空は広がった。
 抜け出した光りの名残は、見上げる位置にあるばかりとなり、はっきりとした上下があるわけではないが、見下ろした足元に動作する検索プログラムの発信元を確認する。そのひどく間延びした動きは、この空間の彼方へ吸い込まれるように、伸ばした検索の枝を掻き消している。様子はまるで検索をかけているというよりも、検索プログラム自体がこの空間に食われているかのようでもあった。
 そんな検索プログラムからの干渉を受けつつイージーは、さっそく持ち込んだ機材と言う名の圧縮プログラムを解いてゆく。そこに父の検索に関する中継基地を立ち上げると、動作を確認した。
 確かにここは空虚だが、空間自体は充実している様子だ。間借りした中継基地の稼動に支障はなく、ならばと中継基地からイージーは、再び吸い込まれてゆく検索プログラムの消失先を見上げる。
 消失点は、大小を数えれば無数。
 だが大は小を兼ねると想定し、主要数箇所のみをロックする。
 瞬間、笑った。
 いや、その表現が陳腐である事は言うまでもなく、だがしかしイージーはそれと同時に見上げた空へ跳びあがる。ロックした数だけにコピー、分散すると、それぞれの消失点へ飛び込んでいった。同時に開始する検索で、合致する父の痕跡を求める。なら照合されたデータはただちにその足元から細い光の糸となって尾を引くと、解析を担う中継基地へ流れ込んでいった。
 しかしながら重なるデータは現れない。
 三速、上げる速度。
 収拾したデータは移動した空間に比例して量を増し、足元から伸びる糸は炎にも似た光となって、ボウと尾を引き続ける。
 蓄えた中継基地では、周囲の様子が電網地図として再構築されようとしていた。おかげでにわかにも潜り込んだここがサブターミナルであることを示し始め、潜り込めばジャックすることも不可能ではない操舵システムに、重力、空気、水、電気、室温、換気等の、生命維持管理システムの存在を明らかとしてゆく。他にも固く閉ざされた大型の外部コネクタが無数、確認されもしたが、開いてないと諦めたラインを確保しようにも。あいにく手持ちの機材では不可能だと捨てた。
 巡り終えれば分かれたハズのイージーたちは、再び同じ場所へ集結している。なぜならここをサブターミナルと位置づけるなら、そのカテゴリーでひとくくりに出来ない類のモノが、最後、そこに残されていたためだった。それはサブターミナルの傍ら、同等かそれ以上の規模で網を張る情報の存在だ。確証が持てないのは、外部からではこれまでイルサリとしても見たことのない摩訶不思議な塊だとしか認識できないせいにほかならない。しかも再構築したサブターミナルの構造から、主たる目的がこの巨大な情報の塊を操作することであると分かれば、やがてイージーの前で全体像はその様子を違えてゆく。
 それぞれの足元から、発光する糸の尾は伸びている。なびかせイージーたちは、次の瞬間にも残るその情報塊へ潜入を開始した。
 立ちはだかる幾つかの障壁を、立て続け突破する。
 瞬間、音は聞こえていた。
 いや、この空間にあるまじき外部の音声を、電気信号へと変換させたパルスをキャッチしていた。同時にぼけていたピントが合わさってゆくがごとく、飛び込んだ世界は早くも蓄積された情報を元に、正体をあらわとしてゆく。潜り込んだそこは単純ながらも繊細な、生体管理プログラムであると解析されていた。
 と、まただ。
 音は聞こえてくる。
 いや、生き物の声か。
 だとしてそれこそ矛盾しないだろう。
 これは生体を管理しているのだ。そして捜し求める父とは、まさにそのプログラムが管理していてもおかしくない肉体の持ち主だった。
 たちまち見逃せないサーチポイントとイージーたちは、記録する。聞こえてくる雑音に引き寄せられるがごとく、生体管理プログラム内を疾走した。
 その尽きぬかと思われた細かな網の向こうだ。やがてそこにネットワークと呼ぶにあまりにも混沌と集結した、巨大な幹を感知する。否やイージーたちは、管理プログラムを介してそこへの侵入を開始した。
 だが、これまでのものと異なるそのゲートは神経質そのものと、ウィルスと化して辺りを巡るイージーたちを感知しては、一切の介入を拒否して焼き捨て始める。繰り返せば状況は物量作戦そのものとなり、一方でデータは蓄積されると、やがて管理プログラムの駆逐を欺く偽装工作は基地からイージーたちへ送り込まれてくる。
 その地点でこれ以上の、分散、スプリットは不可能となったが、この先、どれほど広大な領域がひろがっていようとも彼らにうろたえるという感情は備わっていない。
 ただその身を翻す。
 巨大な幹は試すようにゲートを開くと、そんなイージーたちの前に立ち塞がった。


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