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ACTion 61 『それぞれの愛』



 膨れ上がる馬鹿笑い。あけっぴろげなその声色に、ウソや気遣いはひそんでいない。詰めかけた従業員たちに事務所は揺さぶられて、温度を上げる。
『あんたのその冗談、聞き飽きたけど好きだよ』
 昼夜がなければ常に夜を装う模擬コロニー内でモディーの叔父が経営する店はちょうどと、従業員たちの交代時間だ。仕事を終えて出て行く者と、どこでどう過ごしていたのか出勤してきた者たちが、身をすりあうようにして着替えを済ませていた。
『ホメるか、けなすか、どっちかにしろっつーの』
 もちろん手狭なそこに、個々の部屋などありはしない。モディーの叔父がネオンへ着せようと引っ張り出してきたように、事務所の奥まったところにあるロッカー前がそのスペースとなっている。だからしてきれいどころを拝みに行くと言ったとおり、眺めて傍らのソファーへ埋まり、そんな状況にも不思議なほどに馴染んでスラーは、言い返していた。
『ホメてるに、きまってんじゃない。はにかんだってスラーには似合わないんだから』
 いさめて薄い胸の谷間を作り直す『サリペックス』が、野次を飛ばす。ここが肝心だと腰まわりのフリルを逆撫でボリュームをつけ、クスリと笑いかけた。すかさずつま先立つような歩き方でドア前、設置されたフットペダルを踏み込めば、鏡面ホロは立ち上がり、全身を映して確かめスラーへと身を翻す。
『あたしが死んでも、お願いね』
 駆け寄り、風のようにその頬へ口づけた。
『上でちゃあんと御代はいただいてるからな。あんたらの稼ぎだ、その時は間違いなく故郷へ送り返してやる。俺様に任せておけって』
 それきり店へ続くドアを開いた『サリペックス』が振り返る。またひとつスラーへ微笑みかけると、店へとその姿を消していた。
『どうせあたしらには、帰って落ち着けるような場所もなけりゃ、生きてここから出られる道理もないからね』
 見送るスラーの元へ、やおら声は割り込んで来る。けなしてホメた声の主だ。古株がゆえ従業員のまとめ役と頼りにされている『レンデム』が身支度も整うと、歩み寄って来ていた。
 その背を次々に、着替えを終えた従業員たちが横切り、愛嬌たっぷりとスラーへ手を振り店へと飛び出してゆく。
『けれど、あんたみたいな葬儀屋がいてくれて恩に切るよ』
 途切れてしまえば事務所には、『レンデム』とスラーだけが残されていた。
『ま、世の中、そんな具合に回り回ってる、ってーやつよ。それだけじゃねぇ。もともと俺様には、ひとりの女じゃ足りねーからな。まとめて面倒みてやってちょうどって、すんぽうだ』 
 他に気を紛わせる物がないなら、あらゆる意味で過剰な視界をスラーは閉じる。肩をすくめて返してみせた。とその両足に、柔らかな重みはのしかかる。驚き閉じていた目を開けば、またがった『レンデム』のウロコ模様が這う両腕は、ちょうどスラーの首へ巻きつこうとしているところだった。
『なら、たまにはちゃんと遊んでゆきなよ』
 商売用の笑みは、すり寄るそこから慣れた間合いで投げかけられている。
『ここにいるのが誰だか忘れたってーのか?』
 だとしてスラーに、見抜けぬはずこそない。
『遊ぶどころか気疲れするのは、こっちの方だぜ』
『なに、ふ抜けたコト言ってんだか』
 妖艶な笑みが無邪気に弾ける。『レンデム』はケタケタと笑っていた。
『それとも……』
 ぴたり、止めて、心中を読み取るスラーを真似るかのように神妙な顔を作る。
『それとも、それはあんたの純情ってやつなのかい? 誰か決まった相手でも?』
 瞳をのぞきこむままその顔をスラーへ近づけたなら、子供の熱をはかるかのように額を重ねた。だがそれきりだ。『レンデム』は大きなため息を吐き出す。スラーから額を離していった。
『だめだね。あたしにはあんたみたいな透視能力なんてないよ』
 大きく肩を落として続けさま、スラーの膝からひょいと飛び降りる。
『ないほうが、よっぽど幸せってもんだ』
 聞き流して『レンデム』もまた、ドア前に立った。。
『十シフト、姿を見てない娘がいるよ。前から調子が悪いって言ってたからね。次、あんたが来るころには頼む事になるかもしれない』
 早口で並べ立て、踏み込んだホロミラーへ姿を映す。なら了解と答える代わりだ。スラーは片手を持ち上げた。横目にとらえた『レンデム』の手が、ドアへ触れる。改め、その目でスラーをとらえ振り返った。
『ともかく、ここにいた娘たちの代りにあたしから礼を言っておくよ。あんたがこんなことをする理由が何なのか知りはしないけれど、ありがとうね』
 その目は酷く澄むと、媚の欠片も宿していない。
『みんな、あんたを心から愛してるよ』
 だからこそこそばゆく聞いてスラーは早く行け、と追いやっていた。


『違うでやんす』
 言ってモディーは、互い違いに回転する両眼の速度を速める。
 もちろん、ふっかけたのはライオンだったが、店の入れ替え時、ドレスルームと化する事務所に同席することを全力で拒否したおかげで半強制的に店内の清掃やら、備品補充を手伝うこととなっていたなら、事務所にこもるスラーを「あれは趣味なのか」となじったところで仕方なくなる。
『違うでやんす。社長は別の話があるでやんす。そんな見方しかできないライオンさんの考えているコトの方が、よっぽどスケベでやんす』
 おかげで返り討ちだ。妄想の暴走を突きつけられて、またもやひとり、泡吹いた。前後を見失うままバイオプラントを倒しかけたなら、わしづかみにし手押し止めたからこそ、我に返りもする。『べ、別の話、だと?』
 目を瞬かせた。
『な! そっ、それはで、で、やんすっ!』
 その顔に、今度はモディーが飛び上がる番となる。
『ベ、ベラベラ話すなと、社長に、い、いわれているで、やんす!』
 などとうろたえる様を目の当りとすれば、ますますライオンの冷静は取り戻されてゆくのだからおかしなものだ。
『喋るな、と?』
 眉間のヒゲまで逆立てる。
『ほう。ますます怪しいではいか。やはり、ひとに言えぬようなことを……』
『何を言うでやんすか!』
 迫ればそこから先、モディーの話は立て板に水だった。
『社長は、この店で亡くなった従業員の遺体を故郷まで無償で送り届けているだけでやんす! でないと、ここの従業員はみんな、そのまま外に廃棄されるだけでやんす。モディーがその話をした時、社長は様子を見にいってやると言ってくれたんでやんす。引き受けるまで間はあったでやんすが……、時にはウチの店以外の遺体も運んでくれるでやんす!  ワイヤースリーブマッチはその資金稼ぎでやんす! 事務所に行ったのは、入れ替えだと従業員の様子が確認できるからでやんす! モディーの社長は、モディーの社長は、ライオンさんのいうようなひとではないでやんす! 侮辱するなら、このモディーが許さないでやんす!』
 握った灰皿を片手にライオンへと躍りかかる。
『……そんなことを、あのスラーが?』
 だとしてライオンが逃げもしなければ、次の瞬間にも振り下ろされる予定にあった灰皿は、モディーの口へあてがわれていた。吐き出した全てをかき集めるようにしてだ。やおらパーテーションの中を走り回る。
『社長は誰より優しいでやんす! ホンモノの葬儀屋でやんす! だからモディーは殴られても痛くないでやんす。だから社長にどこまでもついてゆくと決めたでやんす! なのに! なのにモディーは、社長のいいつけを破ったでやんすー!』
 事務所を後にしたきれいどころは、そんなふたりの元へも次から次に現れていた。


 映りこんでいるのは実に単調な風景だ。光速航行中のサスの船、遮がかけられたアクリラに貼り付く星々は、残像を連ねて極細のストライプを走らせると、見る者からスピード感に距離感までもを奪い去っていた。それは延々に変化のない時間の狭間へ放り込まれたような、なんとも退屈な錯覚でもあった。
 サスは交代で仮眠中だ。舵をオートパイロットに任せてデミもまた一眠りしたとして、 たいして不都合があるわけでもなかったが、眠りにつけない理由があるからこうして単調な風景の中、コクピットの番を続けてもいた。
 漏れだすあくび。
 指先を胸ポケットへ押し込む。そこからチタンパックに収まった積乱雲鉱石を取り出すと、目の高さにかざして眺めた。だがしかし光源が足りないためかどうなのか、石にあの変化が起こる気配はない。
 期待はずれと、デミは鼻溜を尖らせる。おかげでどう見てもただ小さな石っころでしかないそれは、秘めた絶大な価値の実感を、デミからことごとく奪い去りもする。
『分からないものなんて、ないも同じだよ』
 鼻溜りを揺すっていた。だが歯切れは悪い。むしろため息がまた漏れる。そうしてまたもや、眠れぬ理由はデミに絡みついていった。
『おいちゃんとおねえちゃんみたいに、守ってあげたらぼくだって好きになれるのかな』
 鼻溜を弾く。しかしながらそれもまた腑に落ちない結論だ。そうして続く堂々巡りを断ち切ると、デミは眺め続けた積乱雲鉱石をポケットへ押し込んだ。カラ元気も甚だしく、思い切りの背伸びを繰り出す。が、解放感こそ訪れることはない。力尽きてコンソールの上に身を投げた。
 死んだように臥せってしばらく。
 指で辺りをまさぐる。
 別の生き物のように動く指はブラインドタッチ。やがて通信ウインドを開いてみせた。 そこにトラは映りこむと、不意を突かれたような顔をデミへと向ける。
『どうした! ネオンと連絡がついたのか!』
 開口一番だ。いや、この状況であれば疑うのも当然だろう。だがそうでないなら、返すデミのテンションこそ同じであるハズもなかった。臥せっていたそこから頭を持ち上げる。無愛想極まる目で行き急ぐトラを見据えた。
『なんだ、デミ坊の用事だったのか』
 察したトラが口にしたところで、悪意こそない。
 が、それがしゃくに障らぬわけもなく。
『なに? ぼくじゃダメなの?』
『なんて顔をしておる』
 噛みつくデミへ、トラは眉をハの字に下げるが、デミの耳に届いた気配はない。
『ぼくだって、誰かに探して欲しいよ』
 振って、問われた通りをトラへと挙げ連ねていった。
『おねえちゃんたちの居場所は今、イルサリが逆探知、解析中。イルサリの演算能力は十分なんだけれど、模擬コロニーが相当にスタンドアローンらしくて、データが持ち出せないんだって。だから別方法、取ってるみたい。おかげで作業に時間がかかるって』
『そうか。こっちはもうわずかで到着するが、ならば間に合いそうにないな』
 仕方ないと、トラは通信ウインドの中で両腕を組む。向かって『そうだもんね』と鼻溜まりを揺らしたデミの視線はもう、投げ出した両腕の間に落とされていた。
『おいちゃんは、ちゃあんと、お姉ちゃんのことが好きなんだもんね』
 唐突に、吐きつける。
『分かってるもん。ぼくはきっとこれから先もずっと、こうしておいてけぼりなんだ。みんなみたいに大人になったりできっこないんだ。だからお店だって……、きっとすぐに終わっちゃうんだ』
 つまるところそれがつなげられた通信のワケだと知れば、やがてトラのアゴはシワの中へと埋まっていった。それきり途切れた会話をつないで、伝染したかのような不満が遠く離れたふたりを繋ぐ。
『おいちゃんに聞こうと思ったけれど、やっぱり、いいよ』
 耐え切れず、デミの手が通信ウインドを閉じようとコンソールを探って動いた。だがそれこそ失礼の極みに違いなく、そしてトラにはそもそもデミを放置しておくことこそ、できそうもなかった。
『全ては……』
 叱りつけるでもない。気づけばその時、言葉は吐き出される。
『何もかもには、終りがあるのだ』
 耳にしたデミが手を止めていた。
『大事にしたいと思うのは、そんな悲しみと抱き合わせなのかもしれんな』
 だとしてうつむいたきりの顔は見えない。ならばとトラは、問いかけてやることにする。
『デミ坊が店を続けたいと考えておることも、そのために力を尽くしておる事も、だからではないのか?』
 そうだ、と無理強いするつもりはほとほとない。だからして返事が無ければそれまでの
問いかけでもあった。
 前でデミがゆっくりと、その顔を起こしている。言葉はなくとそれだけで、トラには十分、感じ取ることが出来ていた。『是が非でも守りたいと思えるものがあるのは、わしもデミ坊も同じだ』
 そうして投げた笑いこそ、気休めでもなんでもない。
『同じ?』
 なら鈍く瞬いたデミが繰り返していた。だからこそ分かってもらえるはずだ、とその時、大きく息を吸い込み鼻溜は膨れ上がる。
『だって、ぼくは、ぼくのお父さんとお母さんみたいな事故をもう繰り返したくないんだ。だからたくさんジャンクを回収して、少しでも宇宙を綺麗にしたいんだ。他にいい方法があるかもしれないよ。けれど、ぼくにはおじいちゃんってすごい味方がいるんだ。こんなラッキーなこと、ほかにないって思ってるんだもん』
 並べ立てるその面持ちに、意地は立つ。
『だからダメにしちゃいけないんだ。絶対にそんなこと、しちゃいけないんだ! そのためにも早く大人にならなきゃダメなんだ! 早く!』
 思いはコクピットへ響き渡り、トラはただひとつうなずき返す。
『そうだな』
『だってもう、あんなのはいやなんだもん!』
 叫んだデミの手が、コクピットを叩きつける。
『だって、だってぼくは……』
 ままに鼻溜りを揺すれば、震える肩がデミへ自然と、忘れていた謎を思い出させてゆく。事実に、緩み、潰れる頬が、情けなく歪んんで瞳に涙は、たちまち浮かんだ。かまわず鼻溜りを跳ね上げたなら、声はまるで体中から絞り出されたかのように互いの耳をつんざいていた。
『だってぼくは! お父さんも、お母さんも大好きだったんだもん! あんな事故からぼくが守ってあげたかったんだもん!』
 それ以上を、わぁと上げた声がかき消してしまう。堪えていたものを解き放つようにデミは、泣いていた。 


 急ぐ事はない、などと言えなかった。様子をトラは、遠く離れた『バンプ』のコクピットから見下ろす。
『心配することはない。そのうち必ず、そんなふたりに代わる誰かがデミ坊の前にも現われる。デミ坊なら大丈夫だ。よく知っている。訪れたその時に、しくじったりなどはせん』
 遠回りした自分のように、といいかけて、己へ皮肉な笑いをただ向けた。
 かすかにうなずき返すデミの耳が、揺れている。
 そんなデミを映すアクリラ上の通信ウインド、両側には、いつしか霞よろしく模擬コロニーに群がる白い船団の帯は広がっていた。イルサリは話しに集中するトラの手元から、いつしか舵を奪っていたらしい。
『模擬コロニーより、通信あり。応答は乗り入れの申請となりますが、よろしいですか?』
 トラに変わって手続きを進めると、判断をあおぐ。
 見据えてトラは、うむと短く答えて返した。
『了解。四百五十セコンド後、本船は、模擬コロニー格納庫内に着艦いたします』
 イルサリが舵を握った『バンプ』はやがて、船団の帯へゆう、とその船体を傾けていった。


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