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ACTion 78 『ぬくもりを、あたなに』



 スタンエアを突きつける。
『ガスだと?』
 銃口の先で『ホグス』が口走っていた。共に抜き出された実弾銃を『ホグス』もまたトラへかざす。
 早いかトラはトリガーを絞った。慌てたせいで力んだか、放たれたエア弾は間近と立ち塞がる『ホグス』の脇をかすめ飛ぶ。
 反射的に身を縮めた『ホグス』が間髪入れず、反撃を繰り出した。だがそれもまた的を外すと、傾いだ天上で兆弾の火花を散らせる。
 かぶり、トラは身を躍らせた。あってないような互いの距離なら、こちらの方が手っ取り早いと、『ホグス』へ唸り声を上げ飛び掛る。
 その襟首を掴み上げた。
 耳元で二発目は火を吹き、そうして熱を持った銃身をトラはヒジで弾き飛ばす。明らかな身長差を利と心得、覆いかぶさる位置から『ホグス』の横面を、握ったスタンエアもろとも叩きつけた。
 あさって向いた『ホグス』が、アドレナリン全開の開いた瞳孔で、すぐにもトラを真正面からとらえなおす。喉元めがけアッパーを放ったなら、食らって仰け反ったトラの腹こそ無防備となった。これもかと、えぐるヒザ蹴りはそこへ叩き込まれる。
 呻いてトラは退いた。
 だが襟首だけは離すことなく、優位に立ったと息巻く『ホグス』を、離れた分だけ力任せと引き寄せにかかる。スタンエアを投げ捨て、その手を『ホグス』の腰に巻かれたベルトへ伸ばした。掴み、宙へ体を持ち上げたなら、そこから先はがむしゃらとなった。傾ぐ低い天井へ、『ホグス』の体を打ちつける。成す術をなくしてされるがまま両手足を振り回す『ホグス』のくぐもった悲鳴がトラへ降り注ごうとも、聞こえなくなるまで打ちつけ続けた。
 『ホグス』の体を投げ捨てる。
 乱れる息に激しく上下する肩を押さえつけ、トラは再度、光差し込む出口へ目を上げる。
 耳元の通信機から聞こえるイルサリのカウントダウンは、そんなトラへ通報までの残りが三を切ったことを知らせていた。
 が、それでもなおその場に押しとどめて、足音は迫り来る。
 シワを揺らし、喘ぐように振り返っていた。
 艦橋から押し寄せたと思しき黒服の姿は、そこに浮かび上がる。どうりで先ほどが少な過ぎたと言ったところで、役には立たない。何しろ目の間前でスタンエアをかざす黒服たちは、我先にと狭い入り口へ飛び込んできている。
 急ぎ投げ捨てたスタンエアへ飛びついていた。
 そんな彼らの目が慣れ、引き金を引くまでのわずかな時間をぬって、装填された残りのエア弾を見舞う。二発がかすめ、残り二発が黒服に命中命ていた。食らった黒服は背後の幾らかを押し倒して通路へ吹き飛んでゆく。だがそこで、スタンエアは不意とジャムって動かなくなった。
『クソ』
 いやでももれる悪態と共に残るエアを解放、再装填を試みた。
 合間にも、吹き飛ばされた黒服をまたぎ、奥からまた別の黒服たちは次々この空間へ飛び込んでくる。
 装填完了が待ちきれない。だとして背を向けここから飛び出す事も危ぶまれた。
 トラは未だ装填中のスタンエアを持ち上げる。
『ええい、まだか!』
 イルサリのゼロカウントは、その時、トラの耳元で唱えられていた。


『そら、いけぇい!』
『転送!』
 豪快と鼻溜が振られる。
 ゼロカウントと共にサスとデミはコンソールを一押し、複製に複製を重ね、緊急に用意された救難信号をネットの海へばら撒いた。もちろんその座標部分は、模擬コロニーのものに書き変えられている。時間が許す限り蓄えたそれは、今もなお足りぬと複製され続けてもいた。
『これで間に合うのかの? イルサリ!』
 だが組み上げた脳内マップ起動へとシフトしたイルサリから、返答はもうない。


 光の束だ。
 刹那、それは膨れ上がる。
 模擬コロニーへ次々と飛び込んで来る連邦公安局からのアクセスは、これまで把握されていなかった場所からであればこそ、警報の真偽を見極めて応答を拒む船舶の通信防壁さえ突破すると、イージーが駐屯地する中枢システムにまで到達しようとしていた。
 組み入るイルサリは、そうして糸に等しかった通信ラインが折り重なり、外部へ向け巨大なパイプへ補強されてゆく様を心地よく見守る。その出所がかつて深く帰依していた連邦の下にぶら下がる公安のものであったなら、なおさら把握する衛星もまた手足であり庭そのものと見回した。
 初めて心から、いや、それが心だと理解したこともまた初めてだろうが、ともない徐々に構築されてゆく肉体の、その摩訶不思議な網の感覚にゆるぎない死の影を見てとる。そして死に裏付けられた「思い出」というメモリーのボリュームへも、驚きの声をもってして対峙した。それが単なる記録でないことを心より愛おしく味わいながら、記録が「思い出」へと変わり行くさまを宝物と匿いながら。


 だが対峙したそこから飛び出してきたのはエア弾ではなく、見覚えのある顔だ。押し寄せる黒服の背を蹴り飛ばし、奥からスラーとライオンは姿を現す。
『テラタン!』
 スラーが叫んでいた。
 引き剥がされて、黒服に覆いかぶさられる。
 同時にスタンエアの装填音が途切れていた。
 めがけてトラはトリガーを絞る。
 入り口を塞いでもみ合うスラーたちの隙間から、抜け出そうとする黒服たちへ右に左にエア弾を放った。そうして最後、スラーへひときわ声を張る。
『邪魔だぁ!』
 息をのんだスラーが頭を下げていた。羽交い絞めにして仁王立つ黒服めがけ、トラは引き金を引く。続けさま大事な頭を押さえて屈み込んだライオンの、背後に立ちすくむ黒服へ銃口をへ振った。


 失せた時に喧騒は遠のくと、全ては幻と消えていた。ネオンとマグミットの周囲にはただ、研ぎ澄まされていながらも柔らかい温もりだけが残り広がる。
 まとい、ネオンは深みを目指していた。
 潜れば潜るほど、凄惨と淀む世界がネオンの熱を奪ってゆく。
 その底に、今でも立ち尽くす影はあった。過去は幼い頭を垂れるとそこに蒼白く縮こまりっている。いつか訪れる迎えの時を、向けた背でひたすら待ち続けていた。
 その傍らへ、ネオンは羽と舞い降りる。
 背中へと、そうっとその手を差し出した。
 掴もうとしないなら、ネオン自身が掴み引き寄せ抱きしめる。待ち続けた、だからこそ知りえぬものをその身へ教え、静かに、それでいて力強く注ぎ込んでいった。
 その度に、激しく奪われる熱が、わずかとこの世界を揺るがせる。
 それでも与え続けたなら、やがて淡く陽は灯り、淀む世界の端を染め上げた。
 かすかで弱いが、陽はネオンのそれを分けて温かい。
 その温もりの中に、初めてネオンはその手が掴み返されていることに気づかされる。
 引き寄せて手は、ネオンへ応えようともしていた。
 確かめネオンは目を向ける。
 ならうつむいていた頭は、そこでそうっと持ち上がっていった。
 丸く輝く瞳はそこに開くと、ネオンを珍しそうに見上げ続ける。
 それでいいと思う。
 柔らかく、その頬へ陽が差していた。
 触れて笑いかけ、ネオンは唇を離す。
 浅いため息は漏れると、堰を切って時が流れ出していた。けばけばしい喧騒もまた無神経なまでに辺りを現実で埋め尽くし、ネオンもまたまぶたを押し上げる。前で閉じる事を忘れたマグミットの両眼が、見開かれたままでネオンを見ていた。そこに垣間見たものはなく、これで全てはすくわれたのか、と疑う。
 手ごたえはあったが確証こそなかったなら、ただ捨て身だったことを思い知っていた。
 与えて奪われただけの体が、ひと思いに冷えて震えだす。
 このまま何も変わらなければ、冷えたまま一人取り残されるだろう現実に、ネオンは胸を潰してマグミットから後じさった。
 気づけば堪えたハズの涙が零れ落ちている。
 隠し、きびすを返していた。
 一か八かと言うほどの計算もない。
 手放したものの代わりに今度こそ、情をかけてくれるならと、ネオンは駆け出す。
 そうでなければ、アルトもまた生きてはいない。
 アルトの浮かぶ水槽の隣、のぞきこめる高さのそこへヒールを鳴らした。
 呼び止めるワソランにはもう、その意味が伝わっている。
 剣幕に、マグミットへも生気は戻ると身を乗り出した。
『あ、あんた、何を!』
 聞かずネオンは低いその淵をつかむ。身を乗り出せば酵素液の水面に、傾ぐ体は映りこんでいた。


 スラーの背から黒服は消え、ライオンの傍らからも吹き飛ぶ。
『……当たった』
 あれほど押し寄せていた追っ手の全ては、いつしか全て消えていた。
『や、やるじゃねーか。テラタン』
 両肩に埋まっていた頭を引き出し、スラーが口を開く。
『ほん、とうなのか?』
 ライオンもまた、恐る恐る背後へと振り返った。
『やる時はやるのが、わし流なのだ』
 トラは胸を反り返らせ、思い出すなり通信機を耳へ押し当てなおす。
『いかん!』
 だがすでにゼロを告げたイルサリの声は、もう聞こえくることはなかった。
『始まったか』
 トラは唸り、そこへスラーにライオンは駆け寄ってくる。
『この向うなのか?』
 振ったアゴでスラーが示した。
『ジャンク屋の情報によると、そうなる』
 ならば足並みはそろう。いや、そろわずにはおれなかった。


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