ハードボイルドワルツ有機体ブルース 2.5

              





ACT 5

 間違っても、勢い余って飛び込むようなマネだけはしない。 代わりに広いカーゴならでは、のぞき窓代わりと取り付けられたドア脇のモニターを灯した。 いくつもあるチャンネルを切り変え、そこに見知った姿が写し出されるのを待つ。 彩度を欠いた二次元映像は、全くもって使い勝手が悪いといえよう。 不満に閉口しかけたところで、ようやく目当ての映像を見つけ出していた。
 サスはちょうど、長い両腕を床へつけた『マイスリー』種族と対峙しているところだった。 画像は双方の脳天からとらえたもので、互いの間にはフロートに乗った大ぶりの部品が据え置かれているのも映し出されている。 そんな部品の大きさは、サスの背丈ほどもあるだろうか。 アングルと平面画像のためいまひとつはっきりしなかったが、ただ限られたその外観から察するに、 動力部のような、見覚えのある何かの印象を受けていた。
 サスはその周囲をゆっくりとした足取りで歩きながらマイクロスコープで、磁界探傷端子、通称プロッド端子で、 素材の質とミクロ単位でのクラックを念入りと探っている。かと思えば、すでにボルトを抜き去っていたらしい。 引きおろしたカメラ脇の抗Gネットの弾性を利用して、部品の一部を天井へ吊り上げてみせた。 フロート上に残された部品は一切れ切り取られたケーキのような姿になり、 サスはその切り口へ半身を潜り込ませる。
 その間も『マイスリー』は、何事かを話し続けている様子だ。 様子を知りたくなり、とらえているカメラの音声をつないだ。 位置が悪いのか、カーゴ内の反響と残音のせいか、その音声は聞き取りにくい。 めいっぱいボリュームを上げ、同様に増した雑音を頭の中でふるいにかけつつ会話へ耳をそばだてた。
『……む、ちと耐久性に欠けとるようじゃの』
 部品の中で鼻溜を振るサスが、辛うじて聞き取れる声で話している。
『ウソを言え』
『新古品と言いおるか』
 対する『マイスリー』の返事は早く、サスの切り返しも絶妙だった。
『航行距離の記録は見たろう。ほとんど飛んでない』
『そいつは、ほれ、船の記録じゃろうが。しみったれの連邦は、新しい船体へ古い動力を積み替えとるやもしれんぞ』
 あり得るハナシだと思って聞く。
『はん、と言った所でハイウェイパトロールのロケッターだ。ケタが違う』
 だが『マイスリー』のは言っていた。おかげで どうりで見覚えがあるはずだと閃きは訪れる。 光速内、不審船を取り締まるハイウェイパトロールの船と言えば軍下一の高機動船で、 そのスペックは大型船ほどもあったが、取締官数体を乗せるだけで事足りるため、 生命維持のコスト面から考えても小型船舶ほどに小さくまとめあげられた船でもあった。 ゆえに積める動力の大きさも限られることとなり、見ての通りと動力はあり得ないほどコンパクトに設計されてることとなったのである。 無論、サイズに反比例した出力を持つこの動力が特別視されぬわけもなく、 同等の増産を、ふともすれば凌ぐそれらの開発を狙う民間企業は少なくない。 嫌った連邦政府は製造メーカーすら伏せると、構造の一部をブラックボックス扱いとしていた。
 詳細とまではゆかないが、その構造はユニット単位でなら了解している。 だから見覚えがあったのだと、納得していた。もちろんなぜ、と言う問いは禁句だ。 そして今、追究すべき問題はそこではないと、ひとまず脇へ追いやった。
『どこで手に入れた? パトロール船がそこいらに放置でもされておったか?』
 くぐもっていたサスの声は、そこで明瞭となる。部品の中から抜き出された鼻溜が、揺れてマイスリーへそう投げかけていた。 なら長い腕を軸に半歩身を乗り出した『マイスリー』は、そんなサスを一瞥するように頭を振ってみせる。
『だと言えば納得すると言うワケか? でないと言うなら何を聞きたい?』
『言いおるの。聞いてみただけじゃ。こんな場所で会っとるくらいじゃからの。期待はしとらん』
『買うのか、やめるのか』
 強引に言い放った。
 前でサスは時間を稼ぐように、ゆっくりとした手つきで抗Gネットで吊り上げていた部品の一部を引きおろしている。
『さて、困ったの』
 当然だ。転売すれば、ただ高速と飛ぶことを目的とする輩が目をつけるだけでなく、 各種企業が貴重な資料とばかり、破格の値をつけることは明白だった。 だがその前に、それほどの逸品がこんなところから出てくるものだろうか、と疑いを晴らす方が先となる。 何しろ内部関係者の持ち出しならいざ知らず、いわばスクラップ回収業のジャンク屋が持ち込んできたモノのなのだ。 言うとおりを鵜呑みにする方がどうかしていた。
『ひとまず、動作の確認を取りたいんじゃが』
 二分した動力を組み直すべく、サスが腰から提げたオートレンチを掴み上げている。
『消耗品だ。使うなら金を払うのが道理だろう』
 許さない『マイスリー』は、手伝うそぶりを見せずに吐いていた。
『買い渋られたうえに、そのことで別の店にケチをつけられちゃあ、かなわない』
 聞きながら最も高い位置にある固定箇所へ伸び上がったサスは、部品から浮き上がった状態のまま引っかかっていたボルトの頭を、 オートレンチの先端ですくい上げる。ボルトが抜けきっていないのは無重力でのメンテを考慮したひと工夫で、 ままに押し込み、オートレンチのトリガーを引いた。スクリュー音らしき雑音は大きくなると、 サスの手元でオートレンチは本体へ一気に沈み込んでゆく。
『たかが試運転じゃろうが、ケチくさいのう』
 もらして今度は対角線上へ屈み込むと、サスは手早く、一つ二つ、ボルトを締め上げていった。
『航行距離と金属疲労に狂いが生じる。突かれて返す弁解が試運転だと? 通用するか』
『言っとることは、わからんでもないが』
 眺めながら『マイスリー』は吐き捨て、そこで双方の会話は途絶える。
 再開されたのは、十数か所あるだろうポイントを、サスが半分あまり固定し終えたころだった。
『仕方ないの』
 振ったサスの鼻溜に、買い取る気だと察することは容易い。
『四十万』
 即座に『マイスリー』がふっかけていた。サスは残るボルトへも丁寧にオートレンチをあてがっている。
『二十五じゃ』
『話にならん』
『なら、試運転させんかい』
『三十八万。ホンモノだぞ』
『アングラの資料じゃが、読んでそこいらのモンと違うことくらいはわかっとる。 鉄屑価格と思うとらんじゃろうが。飲み込め』
『なら、三十七万だ』
 そうして最後のボルトをオートレンチですくいあげた。 あっという間にボルトはねじ込まれて、固定しなおされる。
 瞬間、はっと息をのんでいた。
 あり得ない。
 あまりにそつない手元のせいだ。今頃、気づいた事実に、冗談じゃないとそのとき両目を見開いていた。
 出所は不明だとしても、よく知っていることに変わりはないのだ。
 それは偽物だ。
 言い切る。
 何しろそれもまたブラックボックス化の一環だった。 ボルトは市販のレンチで回せるような構造をしていない。 専用の工具がなければバラせない仕組みになっているハズだった。 万が一、掴めたとしても、掴んだ頭の形状には微妙な差異が設けられており、 その差異によってボルトの回転は左右、ランダムに振り分けられてもいる。探ってこねくり回せば頭を潰すことになりかねず、 見極めるためには専用工具が必要で、その工具は市販などされていなかった。
 知ってか知らずかサスは『マイスリー』を誘っている。
『二十七なら、即金じゃ』
『三十五』
 また値を下げた『マイスリー』の交渉ぶりが、ひどく芝居がかって見えていた。 そして試運転を拒むワケにも納得する。理由が一般レベルの動力としても動作しないハリボテのせいなら、当然だろう。 つまりそれはスクラップ同然、体積からして数百そこそこの価値しかない。 ならばこの三文芝居のオチはおそらく、サスの言い値でしぶしぶ妥協しながらもボロ儲けというものだった。
『三十以上は出せん』
 きっぱり鼻溜を揺するサスの声が、固く響く。 案の定、悔しげと頭を振った『マイスリー』は、大きく譲って交渉をまとめにかかっていた。
『わかった。即金だ。二十七万で手を打つ』
 返すサスの手が、オートレンチを腰へひっかけなおしている。
『初めから、そう言わんかい』
 ならば『マイスリー』は、『ヒト』ならヒジに相当する位置の内側にあるもう一対の指先を、胸元へ伸ばしていった。 つまみ出したのは入金用のカードか。画面では見づらくとも、指先にはさんだ何かを器用にもう一方の腕先へリレーさせ、 サスの前へズイと突き出してみせる。
『転記しろ』
 不躾な態度にのけぞるサスが、しばし突き出されたものを睨んで押し固まっていた。
 映すモニターを睨み付ける。
 ただ、受け取るなと、一文たりとも払っていいようなものではない、と唱えていた。
 いや、見も知らぬ相手にまとまった金をくれてやろうというのだから、金はあり余っているのかもしれない。 だが騙されているというのなら、話しは別だった。
 だというのにサスは堪えて抜いた息に鼻溜をしぼませ、突きつけられたそれへ腕を持ち上げてゆく。
『どうやら、お前さんとはこれきりになりそうじゃの』
 もう、見ておれなくなっていた。静電気を逃がして、ノブ代わりのドアパネルへ手をあてがう。 一呼吸おいてドアは軽い音と共にスライドし、開き切るのを待てず隙間へ半身と体をねじ込む。 どれほど唐突だろうと、カーゴの中へ足を踏み入れた。
 物音に『マイスリー』が視線を上げている。
 サスもまた、受け取ったばかりのカードを手に振り返った。
 買い物袋は握ったままだ。邪魔だとひと思い、投げ捨てる。衝動で、頭の中はすでに真っ白だった。 その頭で思うがままを言い放つ。
『取引はしない。そいつは偽物だッ』
 やおらサスの指先から、『マイスリー』が預けたばかりのカードをさらった。 そうして引き寄せた腕の間接、その内側についたもう一対の手で脇をまさぐる。 否や、床を蹴りつけた。肉薄してくるさなか目の当たりにしたのは、 まさぐっていた脇から引き抜かれた三つ折りのブレードだ。 縄のようにたわむそれは開いて中から刃を飛び出させると、一気に倍以上の長さへ姿を変えていた。 ままに襲い来る『マイスリー』がその長い腕を伸ばせば、刃先は視界をかすめる。 次の瞬間にもその顔はもう、目と鼻の先でこちらを睨みつけていた。
『貴様、何者だ。押し入ってきてその言いがかりは、どういう了見だ』
 同時に、熱を覚えた左肩が勝手と下がる。
 なんだろうと目をやれば、いつしかあてがわれていた刃先がそこでちりり、皮膚を焼いていた。
『やめんか!』
 サスの声は大きい。
『第三者が立ち会うなんてことは、聞いていないぞッ!』
 突き返す『マイスリー』も、負けず劣らずの大きさで怒鳴り返していた。
『それは、わしとて同じことじゃ』
『あれは偽物だッ。取引はしないッ』
 やり取りの合間をぬって、ただ繰り返す。
 うるさいと罵声を投げつけられるかわり、とたん肩でブレードの重みが増した。 見てとったサスの口調は性急だ。
『何しに来おった。お前さんは自分の場所へ帰ったのではなかったのか? 何が気に食わんのか知らんが、 戻って早々、適当なことを言うてくれるな。営業妨害じゃぞ』
 なだめているのか、なじっているのか、聞けば聞くほど眉間も詰まる。
『違うッ』
 募る苛立ちのままだった。それまで伏せていた知り得る限りを並べ立ててゆく。
『モニターで聞いた。ハイウェイパトロール船の動力と言えば、 真似た民間量産を嫌った連邦が構造を非公開にしている高機動船の心臓部だ。 だからあんたは知らなかったのかもしれない。そうだ。あんたが知っていたのは、 これが真似て作られたハリボテだってことだけだ。だから試運転も拒んだ』
 そうしてひとつ、息を吸い込む。
『いいか。知らないなら教えてやる。万が一、流出した時のことを考えて連邦は、 構造を晒さないようモノ自体にも細工を施しているのさ。 たとえ船から分離出来たとしても、ホンモノは専用の工具でしかボルトひとつ外せない造りになっている。 オートレンチでバラせるなんて、真っ赤な偽物でしかないんだッ』
 あれだけたてついていた『マイスリー』が、反撃に出ることはなかった。 ただ眼前で、より一層、口角へ力はこめられると、への字と下がった唇の奥で、 すりあわせた奥歯に頬へ影が落ちるのを見る。
 図星だと確信していた。
 ならそんな『マイスリー』の傍らで、サスはこう鼻溜を振ってみせる。
『……なぜ、お前さんがその事を知っておる』
 振り返っていた。
 なにしろそう言ってのけるサスこそ、承知の取引というわけだ。
 飲み込めず、そこで互いに驚いた顔を突き合わせていた。
 おかげで何も知らずにいたのが『マイスリー』だけだと知れたのなら、 仕掛けたハズのこの取引は仕掛けられていたものだったのだと、ようやく気づくことができたらしい。 感じた分の悪さに、そこで態度を一変させた。
『く、くそじじいめ、知っていたのかッ! とぼけやがってッ!』
 及び腰に、ブレードも肩から浮き上がる。
 同時に、支えをなくしたかのごとく腰は抜け、ヘナヘナとその場に座り込んでいた。
『何を言いおる! お前さんのサル芝居の方が、よっぽどじゃっ!』
 すかさず罵声を浴びせるサスに、支えられる。
『覚えてやがれ!』
 ブレードをしまい込んだ『マイスリー』が、捨て台詞も無様と連結させた自船のカーゴへ向かい駆け出していた。
『ばかもん! それこそ記憶の無駄遣いじゃ! ほれ、このゴミを持って帰らんかっ! お前さんの小道具じゃろ!』
 間髪入れず、サスも鼻溜を振り返している。だが『マイスリー』に、その気はないらしい。
『燃料を食うだけだッ! くれてやるッ!』
 とっとと自船のカーゴを閉じていった。
 様子を睨んでサスが舌打ちする。
『まったく、初めから終わりまで失礼なやつじゃ。このままとっとと自分だけ飛び去る気 じゃなかろうな』
 もちろんそんなことをされたなら、あおりを食らったこちらのカーゴは、砂と埃で台無しだ。 寄り添うそこから立ち上がり、サスもまた自船のカーゴを閉じにかかった。
 これにて完全なる交渉決裂。
 開口部が四方からゆるゆると壁を噛み合わせ、その狭い隙間から漏れていた光が最後の一筋を途切れさせる。 瞬間、予想通りと噴射口は熱を吐いて、ゴウと音は鳴り響いていた。 軽い地響きと共に『マイスリー』の船は、大地から、ここ地球から離れてゆく。
 余韻の全てが消えてようやく、抜けてふわふわしていた腰にあるべき重みは舞い戻っていた。
 よかった。
 それ以外に言葉はない。
 もちろん内わけは、与えられた指示を全うできたことであり、置いて行かれず帰ってこれたことであり、 そしてサスが厄介事へ巻き込まれずにすんだことへ、だ。
 ただ残された鉄塊を、見れば見るほどよくできたハリボテだと見上げる。

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