この作品は、フィクションであり、登場する個人名、団体名は全て架空のものです。
また、解説されている医療行為等に関しましては、事実と異なる場合があることをご了承ください




見えるところ 2

                       





-8.術後-

 誰かに呼ばれたわけでもなく、フワリ、解き放たれるがごとくわたしは目を醒ましていた。
 妙に息苦しい。
 口にかぶせられた酸素マスクが、とにかく邪魔だった。
 しかし毟り取る気力さえない。
 そんなわたしに、最初、気づいたのは看護師である。
 家族に声をかけていた。
 視界の下方から、せり出すように家族が覗き込んでくる。
 気分はどう?
 いたくないかと、聞かれた。
 それ相応の痛みを予想していたわたしは、そこで初めて無痛であることに気づく。ただべらぼうに下半身が重くはれ上がって、じりじり熱を持った感覚があり、ぴくりとも動かせた状態ではないくらいだった。
 どうにか伝えたなら、よかったじゃないかと微笑まれる。
 その笑みに答えんがため、途切れ途切れにわたしが口走った言葉は、家に帰って宝くじを見るというものだったが、決して冗談ではなく、麻酔の抜けきらぬ朦朧とした頭で至極真剣に訴えたものだったことは否めない。
 最初、なんのことだか理解できなかった看護師が、家族の説明を受けて腑に落ちると、変わった人ですねと、意識障害すら疑う目でわたしを見て、立ち去っていった。
 点滴はそれから24時間。
 感染症を考慮して、抗生剤が落とされ続けた。
 当日中は、起き上がることができないため、尿道カテーテルを挿入され、尿意すら感じることなく過ごす。
 たしかに股間の違和感が気になったが、もとより下半身の感覚が曖昧なため、その快適さはある意味で病人にとって、すこぶる助かるものだった。
 そのまま寝返りを打つことすらできず、半ば熱に浮かされたような状態で、覚醒と睡眠の間を彷徨いながらその日の夜を過ごす。
 どうにも寝付けず、幾度か目が醒めたさいには、暗闇の中、ペンライトの明かりを頼りに点滴を確認する看護師の姿が、どれほど頼もしく映ったことかしれない。

 朝。
 バイタルチェック後に、回診は行われた。
 術後、いつの間にか着せられていた浴衣の前を開かれ、初めて手術痕との対面となる。
 座布団並の分厚さであてがわれたガーゼは、いくら空調の効いた病室とはいえ、真夏には暑苦しいことこの上ないものだった。証拠に、取り除かれて初めて不快感の大半がそれであったことに気づく。しかしながら上体を起こせないわたしに直視することはかなわず、取り替えられたガーゼに薄い色の血液が付着していることだけを確認した。
 それが傷口からのものだろうと考えていれば、腹水だとドクターは言う。
 結局のところ腫れあがった卵巣の余分な部位を切除。卵巣はおおよそ元の大きさに縫合され、その傷口から出血が続いていないかを見るための回診だということだった。
 言われて驚いたわたしは、さらにアゴを引いく。
 見ればちょうど骨盤のあたり、出っ張った骨に沿うように差し込まれた生ゴムのチューブが、体より生えているのが見えた。それこそ、そこここで100円程度で買えそうなシロモノだ。
 内臓と外界が、今、この生ゴムを通してつながっている状態かと思えば、驚かずにはおれなかった。
 どうにも居心地が悪かったことも否めない。
 しかしながらその単純明解な手法と構造に、人体もまたモノなのだと、強く印象付けられる。
 異常が見られなかったわたしは、予定通り、尿道カテーテルを抜去された。
 同時に自力での排泄が強制される。
 続いた点滴も午前中に終われば、食事はその昼から。
 胃や腸にメスを入れたわけでもないため、消化器官に支障はない。むしろすきにすいた腹は傷の修復も手伝って、食べ物を欲していた。
 もうここまで来れば、あとは回復するのみだとさえ、己に勢いはつく。
 だが、出てきたのは、切り刻まれたおかずの数々。消化のよいものをと手を加えてもらったようだが、その無形の食物は、やはり術後ということもあってひどくマズいままに途中放棄と終わった。
 そしてしばらくもすれば、自然の摂理がわたしを起きろと呼び覚ます。
 強張った胴は曲げることも捻ることもままならず、ベッドの背もたれを自働で起こし、手すりを頼りに半ばずり落ちるようにして立ち上がった。やはり痛みはないが、捻ることのできない体は歩行も困難で、右手と右足を同時に出し、はるか彼方、廊下の対極に位置する手洗いまでを移動する。
 用を済ませた瞬間、弛緩した体に、心臓がこれまでにない勢いで動悸を打った。
 口から飛び出すほどの一撃に、思わずナースコールを押してベッドまでを誘導してもらう。理由を話せば、それは手術の間中、視界を確保するため腹に二酸化炭素ガスを詰め込まれ引っ張られたせいで抵抗、緊張していた筋肉が、排泄と共に緩んだせいで心臓に負担が来たのだというものだった。その後も、腹部内に残る二酸化炭素ガスのせいで、夜中に内臓が動く
感触でオドロキ、目が醒めたりもした。
 夕刻前、家族がすっかり元に戻ったわたしの見舞いに現れた。
 わたしは早速、お願いしていたシロモノの提示を要求する。
 それはどうしても見ておきたかった、自分の体内から取り出されたモノの写真だった。
 可能なら自らの目で確かめたいほどだったが、そうもいかない。そういうわけで、デジタルカメラでの撮影を依頼していたのだった。
 ぶれることなく撮られた写真は、マス目の上に広げられた組織と、スピッツに入った汚血だった。組織はかなり薄い膜でてきているらしく、広げると10センチほど。その中に汚血が350ml、ちょうどビール缶1本分が入っていたらしい。他にも癒着している部位があったため、剥離。さらに反対側の卵巣にも小さなのう腫があったため、切除したとのことだった。
 60分が相場と聞かされていた手術時間は、予定が90分。
 しかしその実、3時間、わたしはオペ室にこもっていたらしい。
 それでも実物を拝みたかったという思いは消えず、まるで記憶のない3時間は、それがもう過ぎ去ったことならばなおさら興味すらわくことなく、わたしはようやくこれで全てが済んだのだという気持ちに浸っていた。

                     NEXT